思い出せない
思い出せそうで、思い出せないことがありました。
それが何なのかは、まだわかりません。
その日は、朝から少しだけ変だった。理由は、はっきりしない。ただ、どこか噛み合っていない感じがする。
教室に入る。いつもの景色。でも。
「……あれ」
違和感があった。
席に座り、窓の外を見る。風が揺れている。どこかで見た気がする。
「おはよ」
声がして、顔を上げる。
紬がいた。
「……おはよ」
少しだけ間が空いた。
「どうしたの」
「いや」
うまく言葉が出てこない。
「なんか、変な感じがする」
「そっか」
それ以上は聞かない。
でも、少しだけ目を逸らした。
昼休み。
いつもの場所。
「ねえ」
「なに」
「ここさ」
言いながら周りを見る。
「前にも来た気がする」
「来てるよ」
すぐに返ってくる。
「毎日いるじゃん」
「……いや、そうじゃなくて」
言葉に詰まる。
もっと前。ここじゃないどこかで。
でも、思い出せない。
「……なんでもない」
考えるのをやめる。
放課後。
帰り道。
今日は、少しだけ静かだった。
「ねえ」
「なに」
「今日さ」
紬が少しだけ前を見る。
「変じゃない?」
先に言われた。
「……ああ」
うなずく。
風が吹く。
その瞬間、頭の奥に何か浮かぶ。
フェンス。高い場所。
――落ちそうな感覚。
「……っ」
思わず足が止まる。
「どうしたの」
「……いや」
言葉にできない。
でも、確かに何か思い出しかけた。
「ねえ」
「なに」
「屋上、行く?」
自分でも驚いた。
なんでそんなことを言ったのか、わからない。
一瞬だけ空気が止まる。
「……今日はやめとこ」
紬が言う。
前と同じ言葉。
でも、その声は少しだけ違って聞こえた。
「……そうだな」
それ以上は言わなかった。
歩き出す。
でも、頭の中に残っている。
風。フェンス。
そして――誰かの声。
あと少しで、届きそうだった。




