何も考えなかった日
気づかないうちに、何も考えていない時間が増えていました。
それが、少しだけ心地よく感じていました。
その日は、気づいたら終わっていた。
朝、起きて。学校に行って。授業を受けて、話して、帰る。
それだけだった。
「……あれ」
ベッドに寝転びながら、天井を見る。
静かだ。
いつもなら、この時間。
何かを考えているはずだった。
生きる意味とか。この先どうなるのかとか。
でも。
「……何も考えてねえ」
ぽつりとつぶやく。
頭の中が、妙に静かだった。
次の日。
「おはよ」
教室に入ると、すぐに声がする。
「……おはよ」
紬が、いつも通りそこにいた。
「ねえ」
「なに」
「昨日、どうだった?」
少しだけ考える。
「……なんか」
「気づいたら終わってた」
「でしょ」
紬が、満足そうに笑う。
「それがいいんだよ」
「……そうなのか」
「うん」
あっさり言われる。
昼休み。
いつもの場所。
「ねえ、湊」
「なに」
「最近さ」
「ちょっと楽じゃない?」
少し考える。
前みたいに、ずっと重いわけじゃない。
「……まあ」
「ちょっとは」
「でしょ」
紬が笑う。
その笑い方が、なんとなく好きだった。
「ねえ」
「なに」
「もしさ」
紬が、少しだけ真面目な顔になる。
「こういうの、なくなったらどうする?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……なんでなくなる前提なんだよ」
「別に」
軽く肩をすくめる。
「なんとなく」
それだけだった。
でも。
その言葉が、引っかかる。
なくなる。
この時間が。
「……別に」
無理やり言葉を出す。
「どうもしねえよ」
「そう」
紬は、それ以上何も言わなかった。
でも。
その答えは、本当じゃなかった。
放課後。
帰り道。
「なあ」
「なに」
「今日さ」
「……楽だった」
ぽつりと、言う。
紬は、少しだけ目を細めた。
「うん」
それだけだった。
でも。
それで、十分だった。
空を見る。
昨日と同じはずなのに、少しだけ違って見えた。
――この時間。
なくなったら、嫌かもしれない。
そんなことを、初めて思った。




