名前
昨日のことは、あまりよく覚えていません。
でも、なぜか少しだけ違って見える気がします。
次の日。
来ないつもりだった。理由は特にない。なんとなく、行きたくなかっただけだ。
でも。
「……来るけど」
昨日、自分で言った言葉が残っていた。
結局、いつも通り教室にいた。
椅子を引く音。誰かの笑い声。全部、昨日と同じはずなのに、少しだけ違って見えた。
「おはよ」
声がして、顔を上げる。
紬がいた。
「……あ」
間の抜けた声が出る。
「なにその顔」
少し笑っている。
「いや、来るんだって思って」
「そっちこそ」
そう言って、隣に座る。迷いがなかった。
なんでだろう。昨日会っただけなのに。
「ねえ」
「なに」
「考えた?」
何を、とは言わなかった。
「……まあ」
それで通じた。
「そっか」
それだけ言って、前を向く。それ以上は、何も聞かれなかった。
少しだけ、楽だった。
昼休み。
気づいたら、また隣にいた。
「……なんでいるの」
「いいじゃん」
パンの袋を開けながら言う。
音だけが、やけに静かに聞こえた。
「ねえ」
「なに」
「名前、なんだっけ」
昨日、聞いたはずなのに。
「……湊」
「そっか」
少しだけ笑う。
「湊」
名前を呼ばれる。
それだけで、少しだけ現実に戻った気がした。
「紬」
なんとなく、呼び返す。
「うん」
それで会話は終わった。
でも、それで十分だった。
「ねえ、湊」
「なに」
「前もさ」
少しだけ、間。
「――こういう顔してたよね」
「……は?」
「なんでもない」
すぐに目を逸らす。
引っかかる。
でも。
「……別にいいけど」
それ以上、考えなかった。考えない方が、楽だった。
窓の外を見る。風が、少しだけ揺れていた。
――前も、見た気がした。
気のせいだと思った。




