表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/65

逐影 - 1


 堤に会った翌日からすぐ、寛生は動き始めた。デスクワーク時間に、まずはこっそり検察庁のデータベースを照会する。本人が啖呵を切ったように、確かに犯罪経歴(ハンレキ)はない。道路交通法違反事件データベースもキレイなものだ。続いて運転免許を管理しているデータベースにもアクセスし、本籍地を引っ張る。堤の本籍は群馬県の桐生(きりゅう)市。警察に何の記録もないとなると、あとは出身地に行って過去の聞き込みをするのが一番だ。桐生は東京から車で二時間強で行かれる距離で、日帰りできる。行ってみようと寛生は決めた。

 続いて名刺を取り出して、勤務先である会計事務所を検索する。睦希が暮らす古アパートは、都内とはいえ家賃はかなり安い。仕事と言ってもフルタイムではないのではと思ったが、よく名刺を見たら公認会計士の資格保有者だった。

 公認会計士なら高給取りではないのか。社会的立場と住居が合わない。寛生の眉間にシワが寄り、キーボードに置かれている手が動きを止める。わけがわからないと考え込み、続けて勤務先のウェブサイトに進む。名刺などいくらでも偽造が可能だと疑い、事務所のメンバーが表示されているページへと進む。そこにもちゃんと、公認会計士として堤の名前が記されている。どうやら本物のようだ。

 もし人柄が信用に足る男だったら、お互いに惹かれ合い、睦希に苦労をさせないだけの年収もあるであろう堤は、条件的に悪くない。先日のやり取りを見ても、メンタルは相当強そうだし、年齢差もあるから頼りにもなりそうだ。一瞬、寛生の脳裏に迷いが走ったが、すぐにそれを打ち消す。

 大切なのは年収でも社会的地位でもなく、睦希をどれだけ大切にしてくれるかだと、明確に基準を打ち出す。その一番重要な視点から考えると、堤はやはり信用するに値しないし、何か裏があって近づいているとしか考えられない。やはり過去を調べる必要があると、都外に出る許可を得るために、課長である(もり)を呑みに誘った。

 森は寛生が刑事課に配属されてからずっと上官で、今四十二歳。年齢や実績的にもう一つ上の警視が妥当だと寛生は思っているが、現場から遠い所には行きたくないと、昇任試験を受けない職人気質な管理職だ。警察は軍隊のように上下関係が厳しい階級社会ではあるが、森の明るく面倒見の良い人柄のおかげで、体育会の先輩後輩の関係に近く、プライベートなことも相談しやすい。第三者の意見も聞きたかった。

「その話だけではなんとも言えんなぁ」

 喫煙ができる居酒屋でビールを飲み、ちょこちょこと色々なツマミに箸をつけながら、ひと通り話を聞いた森が率直な感想を口に出す。堤の胡散臭さを上手く伝えられないもどかしさに寛生は身を乗り出した。

「明らかに一般人としては異質で、何か臭うんですよ」

「そうなのかもしれない。だがお前は、手塩に掛けて育てた睦希ちゃんを変態プレイが好きな男に掻っ攫われたから、頭に血が上ってその堤って男が怪しく見えているだけかもしれないぞ。睦希ちゃんは可愛いから、遅かれ早かれ悪い虫はつくし、そいつは結婚相手として悪くない条件じゃないか」

 のらりくらり話すのはいつもの森の特徴だが、自分が(いだ)く違和感を全く理解してもらえず、寛生の表情にはイラつきが滲む。

「この仕事をしてると『こいつだ』ってピンとくるじゃないですか。そのアンテナが動くんですよ。あいつは絶対に善良な市民じゃないですって」

「うーん」

 森は理論派だ。熱で周りを動かすことはないが、その代わり広い視野で全体を良く見ている。捜査の初動で方向を決めつけて他の可能性を切ったりもしない。だから今のように、犯人を臭いで嗅ぎ分けようとする寛生をよく(たしな)めていた。

「いつも言ってるように、最初から決めてかかるなって。その男は本気で睦希ちゃんを好きなだけかも知れないだろ? もう成人してるし、本人が言うように同意の上でお仕置きごっこをしてるんだとしたら、野暮すぎるぞ。睦希ちゃんはもう、お前が何もかも決めてやる年じゃないんだよ」

 寛生の勢いを削ぐように、焼き鳥をひとつずつ箸で串から外して取り皿に並べ、のんびりと話す。自分が諭されているとわかった寛生は、仏頂面を浮かべて煙草に火をつけた。

「身内の生々しい話はマジで勘弁してください。で、なんでいつも焼き鳥をチマチマ外して食うんですか? 豪快にガブッと行ってくださいよ。それ、毎回イライラすんですよ」

 煙草の先で手元を指して文句を言うと、森は肩を揺らして笑う。

「前に竹串の先が喉に刺さったんだよ。大変だったんだぞ。口の中って血管は多いし湿ってるから、なかなか血が止まらなくてさぁ」

 のらりくらり話しながら、外した焼き鳥を箸で摘んで口に運んでいる。この狸親父と心の中で悪態をつきながら、寛生はその様子を口をへの字に結んで睨んでいる。

 やっと全て平らげると、森も紙巻き煙草を口に挟む。不機嫌な表情のままの寛生が火をつけたライターを差し出すと、上体を屈めて切っ先で拾った。

「まぁ、でもな。俺はお前の勘を全く信用してないわけでもないんだよ。気になるならプライベートで調べに行けばいいんじゃないか? 何か目的がある可能性もゼロとは言い切れないし。で、どこって言った? 桐生? 誰か知り合いが居たかな」

 この場合の知り合いとは、向こうの県警の人間を指す。まず先入観を(いさ)めても、最後は私的な調査ならばと許可してくれる。堤が完全にシロだと決めて掛かることもしない森らしい判断だ。ありがとうございますと、寛生は頭を下げた。

「正月休みが明けて住民が揃ったタイミングで、まずは自力で調べてきます。協力が必要な事件性があるかどうか、まだわからないんで」

「そうだな。縁談の身元調査に来た興信所のフリでもしてこい。お前は顔が怖いから、笑顔を忘れず低姿勢でな?」

 巨体を揺らして森は笑っている。あんたの方がよっぽど怖い顔だろうがとツッコミを入れたかったが、許可してくれた上官に寛生は感謝していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ