表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/64

逐影 - 2


 堤に声を出すなと言われた夜以来、睦希は時々、頭の中を何かがチリチリと走っているような感覚を覚える時がある。頭痛とは違い、まるで小さな虫でも歩いているような嫌な感覚で、原因がわからない症状に(さいな)まれていた。

 全く同じ内容で繰り返されていた悪夢にも変化が生まれた。暗闇の中で膝を抱えて隠れているだけの夢だったのに、声が聞こえてくるようになったのだ。その声は『絶対に声を出さないで、じっとしてるんだ』と、堤が伝えたのと同じ言葉を、何度も何度も繰り返し耳元に囁き掛けてくる。その声が聞こえる度に、夢の中の幼い睦希は泣き出しそうになるのを必死に(こら)え、唇を噛み締めて頷いた。

 堤があの時発した言葉が、封印した記憶の扉を叩いているような気がする。そして、堤は確かに『思い出せ』と告げた。声を懐かしく感じたり、顔も見たことがあるように思うのは、やはり過去に会ったことがあるのだろうか。

(だけど……じゃあ、どこで?)

 それを考えようとする度に、睦希は恐ろしいことを思い出してしまうのではないかと、踏み(とど)まる。眠りにつくのが毎晩怖くて仕方なかった。

 それでも日常生活では不安を隠し、正月には小野寺家に帰省する。睦希が家を出た後も、寛生が非番のタイミングで、家族揃って雑煮とおせちを食べる習慣は続いている。堤の件では対立した二人も、実家では何事もなかった風を装い、家族の団欒はつつがなく終わる。睦希が帰ろうとするのを見て、例年通り寛生もコートに袖を通して駅まで送るために靴を履く。睦希は意外そうな表情を浮かべながらも、断ることなく一緒に並んで歩き出した。

 正月の住宅街は静かだ。雨戸が閉まっている家は旅行にでも行っているのだろうか。そんな街並みを眺めながら、寛生は心の中で、どの家の中でも何の事件も起こっていないことを願ってしまう。それは職業病でもあり、また、かつて身近な親戚が安全なはずの家の中で殺された、少年時代に受けたショックのトラウマでもある。

 そして睦希は、並んで歩きながら今もまた、頭の中がチリチリとする感覚に襲われていた。悪夢の内容が変化してからずっと、もしかしたら自分でクローゼットに隠れたのではなく、誰かが隠してくれたのではないかと疑っている。今もまたその考えが浮かび、身震いと共に頭の奥が刺すように痛み出す。歩き続けることが難しくなり、足が止まった。

「睦希?」

 寛生も歩みを止めて振り返る。

「おい、どうした?」

 寛生に伝えるべきか、睦希は迷う。何かを思い出したわけでない。ただ夢の内容が変化しただけだ。ここで伝えてしまうと、きっと質問攻めにも遭うだろう。思い出したくないと心が強く拒絶して、黙っている方向に気持ちが傾いた。

「貧血みたい。でも大丈夫そう」

「貧血? そんな時にお屠蘇(とそ)を飲んじゃダメだろ」

 寛生が顔を覗き込む。あんな態度を取ったのに変わらず心配してくれているのが、睦希にも伝わってくる。安心させようと笑みを浮かべようとしたが、それはあまり上手くいかなかった。

「寛ちゃん」

「どうした、どこかで休むか? それとも家に戻るか?」

「ううん、そうじゃなくて堤さんのこと。言うことを聞かなくて、私、酷いことも言ったと思う。ごめんなさい。でも、堤さんが好きなの。あの人と一緒に居たい」

 睦希の想いを改めて聞いた寛生の胸中は複雑だ。堤が何の問題もない誠実な男なら、睦希の初めての恋愛を応援してやりたい気持ちもある。だがなぜ、よりによってあの男なのだろうか。なんとも納得できない苦々しい感情が浮かんだ。

「俺はまだあの男を信用してない。お前を任せるとしたら、その前に納得するまで調べさせてくれ」

 寛生の頑固な返事を聞いて、睦希は僅かに笑みを浮かべた。

「調べて何も出なかったら、その時はもう意地悪は言わないでね」

 寛生は簡単には退かないと睦希もわかっている。だから、冗談めかして笑い掛けると、寛生もつられて表情を緩めた。

「そん時はな。で、今日はアパートまで送るから。大丈夫か? もう歩けそうか?」

「うん、もう歩ける。ありがとう」

 いつもなら駅までの見送りでいいと断る睦希だが、今日は少しでも長く寛生が一緒に居てくれることに安心を覚える。二人は駅へと続く道を再び歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ