帰趨 - 2
武史は静かな口調で話し始める。まず、警察の連携を弱めるために、事件をひとつ起こすごとに離れた県に移動したこと、都会は当時から防犯カメラの設置が進んでいたため、地方都市を優先して選んでいたと話す。地方でも都市部にしたのは、住民同士の干渉が少ないこと、紛れるだけの人の多さは必要だったからだと説明している。三人は厳しい表情で、その話に耳を傾けていた。
「まずスタートは、週末の公園で生贄にする候補を選びました。子どもがまだ小さくて、家族総出でピクニックをするような仲の良い家庭。父親の体格や犬の有無も判るので、この方法は最後まで有効でした。襲いやすい条件だと思えたら、俺たちも近くに座って、ターゲットの会話に耳を傾けます。ここでも合格したら、帰宅時に後をつけて自宅を特定しました。次に自宅の条件を調べて、戸建てかマンションか、セキュリティ会社と契約済みか否か、玄関扉の位置は道路から見えるのか、隣家との距離、窓を開けている習慣があるのか、防犯カメラに映らずに逃走可能なルートを確保できるのか、などを判断材料としました。不安要素があった場合は候補から外して、公園での物色まで遡ります。事件が続いて起きた時は襲う家がすぐ見つかった時で、間隔が空いた場合はこのステップに時間が掛かった時でした」
武史の声は終始落ち着いていて、そこに感情は感じられない。だが話が進むにつれて、聞いている三人の表情は険しさを増していた。
「ターゲットを決めた後は、住民の行動パターンを調べます。家族全員を生贄にすることに父が固執したので、特に両親の帰宅時間が重要でした。あまりにも習慣性がないと判断して、撤退したこともあります。読める行動パターンだったら、そこから具体的に考えて行きます。実行するのは週末か平日か。昼間か夜か寝静まった夜中か。玄関を開けさせるか窓やベランダから侵入するか。襲うのか待ち伏せるのか、その複合型か、などの選択肢から最適な作戦を割り出します。同じパターンは続けないように気をつけていました」
被害家庭を決める説明が終わったのか、武史はそこで一度言葉を切る。正面に座る富樫は重い息を吐いた。
「それを……十一歳の君が判断していたのか。それで? 続けてくれ」
「想定外だったのは、同行して儀式に参加するよう求められたことでした。俺には運動能力という機能は備わっていません。父の妄想に賛同して、現場で素早く動ける兵士が必要だと強く思っていた時に、新しい息子がもう一人生まれて来て、父だけでは難しいと思っていた実行部隊も、これで整えることができました」
人格の話になったので、吉行が今夜初めて口を開く。
「あなたが望んだから、サードは生まれて来たのね?」
「そうです。俺が必要だと感じたからです。後からこの人格に苦しめられることになるとは、全く判っていなかったんです」
吉行に顔を向け、武史は僅かに微笑み掛ける。だがそれはすぐに消えた。
「父と、この身体を共有する息子は、作戦通りに良く動いてくれました。俺は一歩下がって、何か想定外なことが起きた場合にのみ指示を出します。住民全員の命を奪った後は、父が儀式をして……現場で何が行われたのかは、捜査した皆さんは詳しくご存知ですよね」
襲撃家庭を選んだ時のような詳細な説明は、武史の口からは出て来ない。そこが知りたい富樫は、質問を投げる。
「凶器は最後の現場にも残されていた鉈で、間違いないか?」
「そうです」
「鉈を選んだのは誰だ、狩谷か?」
富樫は凶器についてまだ掘り下げる。武史は小さく首を横に振った。
「俺が決めました。最初はナイフを想定していたんですが、調べるうちに、一撃で殺すことは素人には難しいと判り、成功率が下がると判断しました。その点、鉈ならリーチも稼げるし、とりあえず頭部目掛けて振り下ろせば、悲鳴を上げる時間も与えず、逃げられる危険も少ないので最適でした。父には扱い方や襲い方の練習も積んでもらいました」
残酷な襲撃方法を自白しているのに、その声は終始落ち着いたままだ。三人はしばらく武史を見つめながら絶句していたが、最初に立ち直ったのは富樫だった。
「現場に証拠を残さないように、かなり細心の注意を払っていたな。そこを考えたのも君だな?」
「えぇ。父には前科があったので、まず指紋は絶対に残せないと考えて、外科医が手術で使うラテックス製の手袋を選びました。手が血塗れになってからも、ほぼ滑ることなく凶器を扱えた点が良かったです。それと、DNAに結び付く証拠も残さないよう気をつけました。被害者の爪に残留物を残さないために必ず全身を覆い、その上から返り血対策でビニールのツナギを着用しました。頭髪はネットでまとめた上から目出し帽を被ります。唾液対策にもなったので、これも最後まで方法を変えませんでした。どうしても証拠として残ってしまう足跡は、全国展開規模のチェーン店で大量に販売されている靴に限定しました。靴底に歩き方の個性が出るのも知っていたので、犯行の直前に必ず新品を下ろしていました」
被疑者が自白する時とはあまりにも違う、淡々と事実だけを伝える武史の説明は、それが却って真実だと三人に告げている。子どもが計画したとはとても思えない、全方位に対応するために詳細に考えられた方法を聞いて、富樫は一度、眉間に指先を伸ばして強く押し、短く唸る声を漏らした。
「道具の購入や後始末はどうしてた」
「現場で防水の袋に全て入れ、血が外に滲まないようにして持ち帰り、漂白剤で洗いました。壊れた物があった場合は、離れた県に移動してから分解して、数回に分けて破棄。購入は他県への移動途中に、東京や大阪などの人口の多い都市に立ち寄って買ってから、次の犯行予定の県に入るようにしてました」
何を聞いても即答される答に、富樫は重い息を吐く。そしてすぐ、次の疑問をぶつけた。
「単独犯だと思わせる工作もしていたな? だから、狩谷と君は同じサイズの新品の靴を履いていた。君には大人の靴はまだ大きかっただろうに、なぜその戦略を選んだ」
「実際とは異なる人数だと思わせた方が、逃げやすいと思ったからです。警察が単独犯だと思い込んでくれれば、仲の良い親子を装って行動する俺たちは、注目され難いと考えました。あと……」
武史はそこで一度言葉を切る。そして、解答を整理する時間を初めて取った。
「最初から、出口戦略も考えていたので。いつまでも続けられることではないと判っていたし、資金にも限界がありました。単独犯だと思わせることに成功したおかげで、俺は警察に追われることなく家に帰ることができました」
告白を聞いた三人は絶句する。富樫は、異形の者でも見るような表情で武史を見つめている。石川が身を乗り出した。
「今のはどういう意味だ。狩谷一人に襲撃に行かせ、警察に通報、そこで自害するところまでが全て、お前のシナリオ通りだったとでも言いたいのか?」
武史は石川へと顔を向け、ゆっくりとした動きで頷く。
「ずっと切っ掛けを探っていたんですが、猛が睦希を助けた時に、これを利用しようと考えて見逃しました。取りこぼした睦希を追う名目で、父と離れての行動が可能になり、他の人格が通報して止めようとするのも判っていたのでやらせました。父は自害でも射殺でも逮捕でも、どれでも良かったんですが、死んでくれた方が俺の存在を隠せるし、父にとっても幸せだろうと考えて、警察に儀式を邪魔されたら、すぐに神の待つ世界に移動するんだと、使徒の言葉で何度も言い聞かせた結果、自害してくれました」
石川はそこで再び口を噤ぎ、引き攣った顔で武史を見つめる。武史は三人に順に視線を向けた。
「この時の俺は、まだ心や良心を持っていなかったんです。人ではなかったと自分でも判っていますよ」
結論のような言葉を聞いて、富樫は知らずに俯きがちになっていた上体を起こす。思案する時間を取り、そして重い口を開いた。
「君……いや、君から生まれた、実行部隊の兵士と表現した人格は、殺害にも加わっていたんだな? 起きている時間帯に襲撃したケースでは、殺害犯が狩谷だけとは考え難い。一体何人殺害したんだ」
即答を続けていた武史も、この問いには反応を止めて富樫と視線を合わせている。黙秘するつもりかと三人が疑うほどの時間を空けた後に、今まで同様の乱れのない声が続いた。
「大人は父が。そして子どもたちは、この手が殺しました。全部で十人、六件目の睦希の姉が最後です」
取調べ室の空気が凍りつく。想定以上の人数を告げられた三人は、硬い表情で武史を凝視している。その武史は自分の手のひらを上に向け、そこに視線を落とした。
「姉に鉈を振り下ろしたのと同じ手で睦希を抱ける猛も、やっぱりどこか壊れてるんでしょうね」
独り言のような呟きだ。三人それぞれが心の中を整理しているのか、何も反応できずに居る。その重い空気の中、最初に口を開いたのは、やはり富樫だった。
「君を社会から隔離し、罪を償わせる法律がないことを、心から残念に思うよ。直後に存在が判明していれば、まだそのチャンスもあったのに。狩谷と戸籍上の繋がりがなく、単独犯の偽装に成功し、そして狙い通り狩谷が自害したことが、君の勝利に繋がったな」
苦渋が滲む富樫の声に呼ばれ、落ちていた武史の視線が向かう。その表情は勝利とは程遠いものだった。
「勝者なんて居ませんよ。自分が何をやったのか、その重さはわかっています」
静かな声が、取調べ室に聞こえた。




