帰趨 - 1
勾留可能な四十八時間の間は堤を留めると石川から伝えられた寛生は、その間に富樫警視総監との面会を実施するのだろうとピンと来る。最後まで立ち合いたいと訴えたが、石川は受け入れなかった。
「元より同席させる予定はない。お前は遺族の一人だ」
ここまで捜査をさせておいて、最後にそれはないだろうとは思ったが、寛生は粘ることは諦めた。石川が決定を覆すことはないとわかっていたからだ。睦希を連れて帰宅した。
その夜の日付が変わった頃、深夜の取調べ室には四人の姿があった。当時の特別捜査本部で中心的メンバーだった、富樫、石川、吉行、そして武史だ。猛への取調べ時の雰囲気とは一変し、部屋の空気は張り詰めている。今日は吉行も、無駄に口を開いたりはしなかった。
「富樫です。他の二人はもう知っているね?」
警視総監自らが率先して話し掛ける。
「はい」
武史は頷き、一人ずつに視線を向ける。いつもと変わらぬ落ち着いた様子だが、進んで話し始めることはしない。富樫がそのまま続けた。
「まず最初に。これは取調べではない。四人で昔話をする、あくまでもプライベートな会合だ。録音録画はしていないし、他には誰も聞いていない。ここで話した内容を外に漏らすこともしない。この前提に、質問はあるかね?」
武史は意外そうな表情を浮かべ、部屋の中の設備を確認するように一度視線を回した。
「小野寺さんは聞いてないんですか?」
その問いには石川が答える。
「帰らせてある。小野寺が聞いていると、お前は自由に話せないだろう?」
「まぁ、そうですね。小野寺さんのためではなく、彼と今後も付き合う猛のためにですが。あと、口外しないと言うのは本気ですか? 当時の年齢から俺の名前は公表できないし、刑法でも裁けませんが、事件の真相として表に出す選択肢もあるんじゃないですか?」
まるで他人事のような客観的な口調で、武史は問いを重ねる。前半は石川に、そして後半は富樫へと視線を向けている。富樫がその疑問を受け取った。
「もし小野寺睦希を殺害していたら、公表せざるを得なかっただろう。だが、君たちはしなかった。もとより狩谷事件は被疑者死亡で裁判も開かれなかったので、ショッキングだった宗教儀式についても公表していない。今更遺族に伝えようとは思えない。そして、事件発生時の君は十一歳から十二歳。それが公になった場合、社会に与えるインパクトが大きすぎる。警察が氏名を隠しても、狩谷と行動を共にしていたと知る人間も居るのだから、身元は割れるだろう。そして君を神聖化する意見も出てくると思っている。週刊誌は小学生が考えた犯罪だったとセンセーショナルに書き立てるだろうし、ネットではヒーローのように扱われ、手記や映画化の話も持ち掛けられるだろうな。それではまるで、狩谷が取り憑かれていた妄想の宗教が、広く布教されるようなものだ。共鳴してしまう人間も出てくるだろうし、二次被害の発生だけはなんとしても避けたい。だから、真相はこの場限りだ」
富樫が伝えた理由に納得したのか、武史は数回頷いている。
「前提は納得しました。それで? 昔話とは何を話すんですか?」
「事件の全てを話してくれないか? 君が指示役だったと明らかになったのだから、もう隠す必要もないだろう?」
富樫の要請を聞いて、武史は一度考える時間を取る。そして、改めて三人に視線を巡らせた。
「父と俺が起こした事件について、あなたたちはなんとしても詳細が知りたいんですね。猛を問い詰めて、何が起きていたのか聞きました。子どもの人格から話を聞き出すために、猛に金を渡したそうですね。それに、関係者である小野寺さんを捜査に巻き込んだり、俺たちへのカウンセリングも、案の定治療ではなかったわけです。警察官や医師の規律に反してでも、知りたいことなんですか? そのためには睦希の命も、小野寺さんの思いも、俺たちの病状も、全てどうでも良かったんですよね?」
石川が反論しようと大きく息を吸ったが、声に出す前に富樫が手を伸ばして制止する。
「違法捜査をしていたことは謝罪する。石川も、あと吉行先生も、全部私の責任下でやってくれたことだ。申し訳なかった」
警視総監の謝罪の言葉を、武史は表情のない顔で聞いている。頭を下げていた富樫は、すぐに勢い良く顔を上げた。
「だが。もし時間を巻き戻したとしても、私たちは同じことをやるだろう。それほどまでに、多くの疑問を残した今の状態では終われないんだ。警察としての捜査は終了しても、この三人にとって事件は未だ終わっていない。このままでは死ねないとすら思っている。君はあの時、一体何をどこまで計画し、そして何をやった? 全部話してくれ」
重ねての要望を聞いて、武史はじっと富樫を見つめている。やがて、ゆっくりと頷いた。
「良いですよ。その執念に応えて、俺も本当のことを話そうと思います。ただし条件が二つあります。全てを話したら、もう俺たちを追い掛けるのはやめてください。それと、小野寺さんは処分しないで、警察に留めてもらえませんか?」
「なぜ小野寺を条件に出すんだ。弟の騒動の罪滅しか?」
石川の問いに武史は顔を向ける。彼の癖である浅い笑みが浮かんだ。
「それもありますが、彼が警察官であることは、俺にとってリミッターになっているんです。小野寺さんが睦希の隣に居なかったら、そして警察官でなければ、俺は近づかなかっただろうし、今も本当のことを話そうとは思わなかったでしょうね」
富樫と石川は顔を見合わせ、表情だけで意思の疎通をしている。富樫から『その二つの条件を飲もう』と返事が聞こえた。




