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鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


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顕露 - 7


 警視庁には戻らず直帰する。いつもならすぐに石川と吉行に報告メールを送るが、今日はそれもやっていない。彼らに真相を知らせたいと思えなかった。堤兄弟の部屋の前に立ち、ドアをノックする。しばらく待っても反応がないので、寛生は静かに声を掛けた。

「開けてくれないか。俺は今日、使徒が誰なのか聞いてきた」

 また空白の時間を置いて、開錠の音がする。開いたドアの向こうに見えた堤には表情がない。だが猛だとなぜか判った。

「誰に、何を聞いたって?」

 出方を探るには上手い聞き方だ。吉行の指摘通り猛も頭脳派だなと、今はどうでも良いことが、寛生の頭に浮かんだ。

「狩谷がトンネル工事をしていた時の先輩で、事件を起こしてからも電話で連絡を取っていた男に話を聞いてきた。狩谷は息子を使徒と呼んで、使徒の言う通りにやったら、全て上手くいったと話していたそうだ」

「……そうか」

 じっと寛生を見据えて、猛はたった一言を返す。

「それだけなのか?」

「ガキに話をさせたら、バレる可能性はあると思ってた。その時が来たんだなって感じかな。俺がバラしたようなもんだけど、これもケリをつけなきゃいけないことのひとつだった」

 猛は淡々とした調子を崩さない。確かに警察が執着している答に導いたことは、ケリと言えるだろう。だが、そんな理由を聞いても、寛生は何一つ納得できなかった。

「使徒をやっていたのは、武史なんだろ? お前は兄貴を売ったも同然じゃないか」

「批判したいなら好きにしてくれ。だけど指示役の正体がわかるまで、警察も諦めるつもりはなかったんだろ? これであんたたちが追求を止めてくれるなら、悪いことばかりじゃないよな」

 無表情で話していた猛の口元に、僅かに笑みが浮かぶ。それはいつもの挑発的な表情ではなく、達観している静かな笑みだ。覚悟が決まっていたようだった。

「武史と話をさせてもらえないか?」

 申し出を聞いて、猛はドアを大きく開いて寛生を部屋に迎え入れる。そして自分はベッドに腰を下ろした。

「状況を説明してから替わるから、待っててくれ。あと、ガキがキッカケになって漏れたとはわからないようにしてほしい」

 ドアを背に立ったまま寛生は頷く。いつものようにすぐに武史と話に行くのかと思ったら、猛はまだ目を開けたまま、真っ直ぐに寛生を見上げた。

「指示役は別人だって喜んでくれてたのに、信頼を裏切って悪かったな」

 暗い目をして呟き、寛生の返事を待たずに瞳を閉じる。猛が折れたのはこれが初めてで、寛生はこの謝罪をどう受け止めればいいのかわからない。返事を必要とされていないことに感謝していた。

 言い逃げをした猛の瞼は時々揺れ、何か話しているのか、唇が動く。時間を置いて、ゆっくりと双眸(そうぼう)が開いた後に、武史の特徴である薄い笑みが追い掛けるように浮かぶ。寛生を見上げて長い息を吐いた。

「状況は聞きました。綻びが二箇所あると判った上で放置していたので、この結果になったことは受け入れます」

 いつも通りの感情が読めない静かな口調だ。自分が指示役だったと正体を暴かれたのに、動揺していないどころか、むしろサッパリとした表情をしている。

「なぜ放っておいた。完璧主義のお前らしくもない」

「放っておく以外にどうするんですか? 口封じに殺すんですか? 俺が背負った使徒の役目は、とっくに終わってるんです。もう完全犯罪の方法なんて考えないですよ」

 武史の嘘には散々迷わされたし、いくら注意深く観察しても、真偽の判別はつかない。今だってそうだ。それでも山本を、そして大崎充子を消さなかったことだけは、間違いなく事実であり、そして救いだ。

「なぁ、煙草吸おうぜ」

 場違いな誘いを掛けた寛生に向かって、武史は楽しそうに笑みを深める。

「いいですね」

 まるで食事にでも誘われた時のように、軽快にベッドから立ち上がった。


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