胡乱 - 1
立て続けに発生した高齢者宅を狙った強盗事件に掛かり切りになっていた寛生は、ようやく事件が落ち着き、睦希を食事に誘う。久しぶりなので、夜に少し贅沢な食事でもと思ったが、昼間の方が良いと曖昧に渋られ、首を傾げながらも昼食の約束をした。
数週間ぶりに会った睦希を一目見るなり、寛生は違和感を覚える。二十歳を過ぎても少女のようだったのに、女性と表現した方が相応しい雰囲気に変化していると感じる。寛生はピンときた。
「お前さ。もしかして、男ができたのか?」
唐突に指摘したからか、睦希は『えっ?』と驚いた反応を浮かべて絶句する。すぐに否定が返ってこないので当たりかと、寛生は意味ありげな表情を浮かべた。
「お前も年頃だから恋愛話のひとつやふたつ、あってもおかしくないけどさ。で? どんな男なんだ。すぐに紹介しろ。俺がチェックしてやる」
睦希を愛娘のように大切にしている寛生としては、複雑な心境だ。普通の若者のように青春を謳歌してほしいと願う反面、余程の男でなければ渡せないと思っているし、例えどんな男だろうと追い払いたいのが圧倒的本音だ。だが、まずは情報を引き出そうと、頭ごなしに反対はしなかった。
「えっと。まだそんな関係じゃないかな。就職するまでは余裕もないし。それに、私にはやっぱりそういうことは無理かなって迷ってる」
睦希はこの時、生まれて初めて寛生に嘘をついた。そして寛生は、睦希が本当のことを言っているのかどうか、刑事の観察眼を以てしても判別がつかない。とりあえず追求の手を緩め、睦希に笑い掛けた。
「俺としては生半可な野郎にはお前を託せないから、まだ決まった男じゃないってのには安心した。でもさ、いつも言ってるように、お前には今を楽しんでほしいんだ。勉強とバイトだけじゃなくて。ただし、もし付き合うことになったら、すぐに紹介しろよ? 約束だ、いいな?」
「えー、寛ちゃんのお眼鏡に叶う人なんてこの世にいるのかなぁ。それに寛ちゃんに睨まれたら怖がってみんな逃げちゃうよ」
睦希は冗談にして笑っているが、寛生の違和感はまだ消えていない。それでも、まさか睦希が嘘をつく筈がないと信じてもいる。この話題は収め、二人は食事を再開した。
クリスマスイブの夕方、睦希が働くコンビニに寛生は立ち寄る。わざとこの日のこの時間を選んでの訪問だ。先日は誤魔化されたが、やはり男がいるのではないかとの疑念が、寛生の中では日を追うごとに増している。付き合って初めてのクリスマスイブならデートするだろうと読んでの抜き打ち検査だ。
だが睦希はいつも通り、コンビニのレジの中に立っていて、寛生は心の底から安堵の息を吐いた。
今までに何度も来ているし、睦希がバイトを始めた時には保護者として挨拶もしたので、店長は従兄の刑事だと知っている。休憩しておいでとの気遣いがあり、制服の上からコートを羽織った睦希と共に、喫煙者の寛生は駐車場に設置されている灰皿へと向かった。
「近くに来たから、様子を見に来た」
煙草に火をつけながら理由を告げると睦希は笑う。
「会ったばっかじゃん。心配しすぎ。スマホでも話はできるのにいつもわざわざ来て。その時間があったら身体を休めてほしいんだけどな」
「しょーがねーだろ。そういう性格なんだって。それに顔を見ないとわからないことも多いからな。ところで例の彼氏未満とはどうなってんだ? クリスマスなのにデートしないのか?」
「えっ、あ、うーん……」
今日ここに来た目的を果たそうと単刀直入に切り込むと、睦希は言い淀む。彼氏未満であろうと、やはり睦希に近寄っている男がいることは確かなようだ。
「なんで隠すんだよ。俺に秘密はナシだろ?」
「だってもう子どもじゃないから。家族に秘密にしたいこともあるかな……って」
「あるかな、じゃないだろ? 付き合うなら、ちゃんと紹介しろって言ったろ?」
過保護な寛生が簡単には納得しないと、睦希もわかっている。考える表情を浮かべて風で乱れた髪を直そうと手を動かす。普段は隠れているこめかみが見えた時、寛生の視線はそこに吸い寄せられた。
「おいっ、それ! どうしたんだ!」
痣のような痕が見える。至近距離で確認したいと、寛生は煙草を灰皿に落として手を伸ばす。突然の大声に驚いている睦希の腕を掴み、力で引き寄せた。
「っ! 痛いよ、寛ちゃん」
「顔に痣がある。誰に殴られたんだ」
「誰にも殴られてないよ。躓いてぶつけたの」
「下手な嘘つくんじゃない。手を上げる男なのか?」
「だから、違うって!」
何一つ隠し事がなく、反抗期もなかった睦希が手を振り解く。寛生の胸の中には嫌な予感が広がっている。相手はロクな男ではないと、不安が確信に変わった。
「その男、すぐに紹介しろ」
「だから自分でぶつけただけだってば。それに、私が誰を好きになろうと、それは寛ちゃんには関係ないことでしょ? もう大人なんだから放っておいて」
寛生は耳を疑った。あの素直な睦希が放った言葉とは到底思えない。これもその男の影響なのか。素直な性格はその反面影響を受けやすいし、騙されやすい。悪い道に引き込まれているとしか感じられなかった。
「つまり、俺には紹介できない男なんだな?」
声を荒らげて問いを重ねると、睦希は少しふてくされた表情ながらも、困ったように寛生を見上げる。まだ完全に拒絶したわけではないと見て取れるのが救いだ。睦希は強張っていた身体の力を抜くように息を吐いた。
「お願いだから、今は放っておいて。いつかちゃんと紹介するから。好きな人は自分で判断して選びたいの。寛ちゃんの基準でやめろって言わないでほしいし、もし後で後悔したとしても、それも勉強でしょう?」
さっき拒絶した糸をまた繋げるように、睦希はゆっくりと話す。それは自分に言い聞かせているようでもあった。言いたいことがわからなくもない寛生は、仕方なく溜息をつく。睦希が男だったら多少の火傷も経験だと笑い飛ばせるが、女の場合はそうもいかない。万が一望まぬ妊娠でもしたら人生の勉強では済まないし、そもそも若い女は犯罪の標的になりやすいのだ。
「わかった。問答無用にやめろとは言わないから、本当に紹介だけはしろ。どこの誰かもわからない相手に、大事な家族であるお前を預けられない。それが条件だ、いいな?」
「……聞いてみる」
長い間を空けた後にようやく返事が続く。前向きではなかったが、今この場で問い詰めても、きっと睦希はより一層隠そうとするだろう。寛生は一旦退く事にした。
睦希が秘密を持ち、しかも反抗したことに少なからずショックを受けている。感情的になりそうな気持ちを抑え、冷静な風を装う。反抗期がなかった事が気になっていたので、親に秘密を持つのは成長過程で必要だと自分に言い聞かせても、やはり納得できない。しかもDVは百歩譲っても許せないし、手を上げるような男との関係を続けさせるわけにはいかない。悪い男に騙されているに決まってると、寛生の気持ちは固まった。




