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鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


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惹逢 - 4


 身体を(さいな)む鈍痛に呼ばれ、睦希は疲れて落ちていた浅い眠りから目を覚ます。堤を探して上体を起こすと、彼はホテルのバスローブを着てソファに座り、ベッドに横たわる睦希を見つめていた。

「起きた?」

「はい……」

 先ほどまでの強引だった行為の恐怖が蘇る。比較対象がない睦希から見ても、堤の抱き方は荒々しかった。シーツに押さえつけて自由を与えず、異性を受け入れたことがない未熟な身体への配慮もない。睦希は何度も苦痛の呻き声を上げ、泣きながら耐えた。

 ソファから腰をあげた堤がベッドに近づいてくると、睦希の身体はビクッと跳ねて強張る。その反応を見たからか、堤は少し距離を空けてゆっくりとした動きでベッドに腰を降ろした。

「ようやく君が手に入ると思ったら、夢中になって手荒くしてしまったと思う。初めてなのに、申し訳なかった」

 謝罪と共に手が差し出される。それは行為の最中のように睦希の身体を同意なく掴むことはなく、手前で止まる。力づくで抱いていた支配的な姿は消え、睦希が知る限りのいつもの堤だ。迷った末に差し出された手のひらに指先を添えると、すぐに温かく大きな手がやさしく包み込んだ。

「怖かったよね」

 まだ表情が強張っている睦希を、堤は胸に引き寄せる。そして両腕を背に回し、(なだ)めるようにやさしく撫でる。先ほどまでとは違う慈しむ温もりに、強張っていた身体の力が少しずつ抜けた。

「これで、君は俺のものになったと思っていい?」

 印象が極端に変わる不思議な人だと、睦希は改めて感じているが、出会った時から強い磁石のような力で惹き寄せられている。そしてやはり、堤と離れることに恐怖を感じた。

 この声で告げられると、(あらが)おうとする気が起きない。公園で言われたように、言うことをきかなくてはと強く思う。行為の荒さを恐れながらも、睦希は堤の腕の中で頷いた。

「私でいいんですか?」

「君じゃないと駄目なんだよ」

 選んでもらえたことを嬉しいと感じて両腕を広い背に回すと、堤も抱き締め返す。出会ったばかりなのに、心の奥深いところが彼の匂いを懐かしいと喜んでいる。

「どうしてか、すごく安心した気持ちになります」

 胸に顔を(うず)めて呟くと、小さな子をあやすような手つきで堤が背を撫でる。

「そうだよ。君は俺のものになるってずっと前から決まっていたんだよ」

 恋愛にありがちな運命を表現したのだろうと表情が緩む。だが、その言葉の本当の意味を、この時の睦希は何もわかっていなかった。


 二人の関係は急速に深まっていった。睦希が帰宅して連絡を入れると、堤が時々隣から訪ねて来る。彼の下の名前は武史(たけし)で、年は八歳違いの二十九歳。落ち着いて見えるので三十は越えていると思ったが、まだギリギリ二十代だった。

「それは、老けてるってこと?」

 からかう口調で切り返され、慌てて否定したが堤は笑っている。本当に普段は温厚で穏やかな人だ。なのにセックスとなると、最初の夜と同様に人が変わったように怖くなる。二人とも一人暮らしでも、堤は必ず睦希をホテルに連れて行った。そこでは二人称が『お前』に変わり、まるで物のように荒々しく扱われる。痛みが強すぎた時にそれを訴えたが、意に添わなかったらしく叩かれた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 泣きながら謝罪を繰り返す睦希を見下ろす表情は冷たい。髪を掴まれ、シーツに頭を押さえつけられた。

「言う通りにしないと、壊されるぞ」

 脅しのような言葉が聞こえる。それなのに睦希はその通りだと素直に受け止めてしまう。こんな暴力的な男とは別れるべきだと一瞬考えたりもするが、すぐに打ち消す。離れることの方が怖かった。

「堤さん、ずっと一緒にいてください」

 叩かれた後でも、慕う言葉が自然と口から漏れる。満足そうに笑った息づかいが聞こえた。

「お前の心も身体も、そして命も。全部俺のものだからな」

 いつもの声が告げる。まるで所有物のような言い方だ。それなのに、その言葉は睦希の心に安心を芽生えさせる。この関係に心を蝕まれていた。


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