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鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


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叛離 - 2


 寛生と猛のやりとりを黙って聞いていた吉行が口を開く。

「睦希さんをクローゼットに隠して助けたのは、武史ではなく、あなたね?」

 いきなりの指摘に寛生は驚く。吉行と猛に(せわ)しなく視線を送るが、猛は不機嫌そうな表情を浮かべているだけだ。寛生はこの話の証拠がどうしても欲しいと、身を乗り出した。

「猛っ、お前が睦希を隠した時、あいつはどんな服を着ていた? 覚えてないか?」

 事件発生時の服装を問う。いきなりの問い掛けに、猛は眉間に皺を寄せた。

「は? 服? 黄色だった気がするけど、服なんてよく見なかった。そんなこと、どうでもいいだろ?」

 猛にはどうでもよくても、この供述は重要だ。報道されていない服装を知っていた猛は、間違いなく睦希を救った人格だ。そして同時に、堤少年が事件現場に居合わせたことを初めて証明もしている。寛生は絶句してしまい、マジマジと猛を見つめる。武史とは違い、今の返事が何を証明したのか、猛はピンと来ていないようだ。

 場が止まった空気を感じ取った吉行が静かに問い掛けた。

「あなたが睦希さんを救ってくれたことを信じるわ。ねぇ、独りで解決したいのはわかったけれど、私たちに協力できることはないの? あなたが考えている結末を教えてくれない? 何か手伝えることがあるんじゃないかしら」

 真っ直ぐに視線を向けて、吉行は説得に当たる。斜に構えた態度で一瞥した猛は、そこでわざとらしいほどの笑みを浮かべた。

「手伝ってほしいことはある。軍資金をくれ」

「はぁっ?」

 いきなり何を言い出したのだと寛生が大声を出すと、猛の視線が反応する。

「兄貴にバレずに使える金が欲しい。働いてんだから、あんた貯金あんだろ? 俺に投資しろ」

「何に使うんだ。計画も教えないで金だけ出せってわけにはいかないだろ。せめて何に使う金なのか、いくら必要なのか、ちゃんと説明しろ」

 これを理由に猛が考えているケリの情報が取れないかと食い下がったが、猛はまだ笑顔のままで、返事の代わりに吉行と寛生の顔を順に眺めた。

「いいこと思いついた。今すぐ金を出したくさせてやるよ」

 意味を問う間もなく、猛の上体がテーブルの上に突っ伏す。何をしているのだと腰を浮かせた寛生を、吉行が腕を伸ばして制止する。二人で様子を見守っていると、しばらくして、猛の背中がビクッと動いた。

「誰か、居るんですか?」

 か細く、怯えた声が聞こえる。武史や猛よりも声が高い。まさか今になってまた新しい人格が出たのかと、寛生と吉行は驚いて顔を見合わせる。吉行がジェスチャーで、(おのれ)が対応すると伝えた。

「居るわ。私の声は聞こえますか?」

「聞こえます。女の人?」

「そうよ。あなたは今どこに居るの?」

「ここは真っ暗で、ぼくにはどこだかわかりません」

 初めて聞く一人称で話す声は、幼さを感じさせる。交代人格というものは、年齢も性別も本人とは異なる場合があると本で読んだが、この人格はまだ子どもなのではないか。

「外に出てお話しない? 出口はわかる?」

「暗くて何も見えないから、わからない」

 新しい人格は、突っ伏した姿勢のまま、まるで床を探るような手つきでテーブルの上に両手を這わせる。だがその動きはすぐに止まった。

「あ、そうだ。ぼくのお父さんがどうなったか知りませんか? お父さんを止めてほしくて、警察に電話したんです。それからのことが何も思い出せない……あれからどうなったの? 警察の人は止めてくれた?」

 予想外の展開で、寛生はさっきまでは猛だった背中を見つめることしかできない。吉行も次にどの一手を打つか迷っている様子だ。彼女が口を開き掛けたところで、突っ伏している背中がまたビクンと大きく跳ねて、ゆっくりと起き上がった。

「今はここまでだ」

 その口調と表情から猛に戻っているのがわかる。二人は揃って呆気に取られた。

「おいっ、今のは誰なんだ。あれが睦希を殺そうとしてるサードなのか? 子どもじゃないか!」

 居ても立っても居られない寛生は、立ち上がって猛の腕を掴む。猛は振り払う仕草は見せずに、大人しく腕を寛生に委ねている。そして挑発的な笑みを浮かべた。

「さぁ、誰でしょうね。今のヤツともっと話したければ、ここから先は課金制だ。五十万払えばまた出してやる。どうするよ?」

「ふざけんなっ! 睦希と二人きりになる時間を作ってやってるだろ?」

 右手で猛の腕を掴んだまま、寛生の左手は拳を握る。このまま顔面に叩きつけてやりたい欲求と戦いながら、かろうじて左手はまだその位置を保っている。怒りに包まれた寛生を見上げて、猛は笑った。

「それは俺がここに来る報酬だろ? こっちは別料金だ。俺を殴ってもさっきの奴は出て来ないぞ。冷静になって、兄貴か俺か、どっちに賭けるかよく考えな。ただし兄貴に少しでもチクったら、交渉は決裂。二度と会わせない」

 悔しいが、この拳を叩きつけても気持ちが若干晴れるだけで、何も進展しないと寛生もわかっている。主導権が猛にある歯痒さを噛み締めながら拳を下ろし、腕も解放した。

「相談させてくれ」

 唸るように答えた声に、猛は挑発的な笑みのままで頷いた。


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