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鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


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哨戒 - 3


 寛生と睦希が引越しを終えたタイミングで退院の許可も降り、三人の同居は始まった。相談もなく話を進めたので、当然睦希は怒ったし、堤に別宅が在ったことにも混乱した様子を見せた。だが、武史の自傷の可能性を下げ、武史と寛生が協力したことを理解すると納得した。

 スムーズにコトを進めるために、寛生は身寄りのない堤の身元引受人として、措置入院解除の手続きにも立ち会った。これで公的な記録も残ったので、今後何かあれば、連絡が来る。武史も元の事務所に復職した。事務所の経営者は藤岡医師の親しい友人で、今回もすぐ連絡が入ったことで、就労的な問題には至らなかったようだ。

「将来を心配した藤岡先生が、大学受験の時に紹介してくれたんです。俺と年が近い息子さんを自死で亡くされたので、とても親身になってくれて。『サポートするからうちで働けばいい』と誘ってもらいました。事務職でも良かったけど、資格を取れば役に立つだろうから取りました。仕事なんてなんでも良かったので。卒業してからずっとお世話になってます」

 なんでも良い程度の心構えで取れるほど手軽な資格とは思えないので、やはり頭の出来が違うようだ。寛生はこの話の裏を一応取っておこうと、身元引受人として所長に挨拶に行ったが、特に問題点は見つからなかった。

 武史が仕事に復帰したおかげで、三人の生活には一定のリズムができた。朝は揃って家を出て、夜それぞれの時間に帰宅する。家の中には包丁を含め刃物は置くなと武史が強く求めた結果、この家では料理ができない。幸い地元に愛されている惣菜屋が商店街にあり、寛生が帰宅時に買って帰り、後は米を炊くだけだ。睦希が持ち込んだダイニングテーブルに座って、ほぼ毎晩三人で夕食を摂った。

 食事は猛の持ち時間らしい。拘置中は会話が成立したのに、猛は同居が始まってから、寛生の存在を完全にスルーしている。話し掛けても完無視。視線すら合わせない。しかも食事が終わると、睦希を自室に引き込んで閉じ籠ってしまう。同居の一番の目的であるボディガードができないと寛生がブチ切れた結果、かろうじて部屋のドアは開けられた。あまりにも武史と猛の性格が違い、本当に元は一人の人間なのだろうかと、寛生は騙されている気さえしている。

 その上、猛が無視を続けた結果、寛生が堤兄弟と会話できるのは、朝仕事に行く前の武史との短時間だけだ。これではせっかく同居に持ち込んだ意味がなく、睦希がバイトを入れている日曜の昼間を明け渡すよう、武史に詰め寄った。

「毎週あなたに尋問されるなんて、どうにも気力を吸い取られますね」

 いつも通り冗談のように笑っているが、この先寛生がどんな作戦で来るのか、武史は明らかに興味を持って楽しんでいる。お手並拝見とでも言いたいのだろうが、寛生としても一騎討ちの覚悟だ。武史は積極的に情報を出すつもりはなく、会話は全て受け身だ。それでも事実解明に協力すると約束した通り、何かを尋ねれば答えはする。だが、事件の具体的な状況に関しては、いくら問いを重ねても記憶は断片的だと言うだけで、核心に近よる気配すら見せない。睦希を守ることに関しては信頼できる武史も、事件を調べ直す上では事実を隠蔽している被疑者なのだと、寛生は痛感している。何か別のアプローチが必要だった。

 石川は『お前に任せる』フリをしていたが、それは建前に過ぎないのだと寛生は知っている。事件の真相究明は、彼にとって十七年間執念深く追い続けるほどの自分事だ。それがわかっている寛生は、石川を巻き込む方向に舵を切り、頻繁に相談を入れる。今日も警察に協力してくれる精神科医を手配したいと依頼した。

「藤岡ではダメな理由は?」

 他部員にすら聞かれたくない話が多い公安は、部長室のドアは基本閉じられている。今も個室の中で二人は膝を突き合わせていた。

「藤岡は完全に堤寄りの立ち位置です。また、狩谷事件との関連も知りません。全てを話して調査協力を依頼することも考えましたが、逆に一層堤に同情的になる気もします。武史が記憶がないことを盾に供述を拒否しているのは明らかで、今必要なのは、警察と同じ立ち位置から真相究明に協力してくれる精神科医だと思います。適任者は居ないでしょうか」

 警察には警察医と監察医という二つの制度があるが、どちらも内科医や外科医で、主にご遺体を診るための医師となる。精神科医となると、被疑者の精神鑑定を行う外部の医師だが、対堤の人選は誰でも良いと言うわけにはいかない。石川は意味を察して笑った。

「当時の関係者の中に居ないのかという意味で、お前は聞いてるんだよな? お察しの通り、犯人に妄想型の精神疾患があると仮定された時から、特別捜査本部(トクソウ)に精神科医は入っていた。打診する。少し待て」

 捜査のトップが石川である以上、彼と同じく忸怩(じくじ)たる思いで事件の幕引きを迎えた当時のメンバーを加えるのが最適解だろう。石川は心なしか嬉しそうな表情を浮かべた。

 寛生にとっても事件の真相を明らかにすることは、イコール堤の人格たちの関与の有無をハッキリさせることを意味する。この先も睦希が堤兄弟の傍に居続けるなら、安全だと証明することが必要最低条件だ。あの男の本当の姿を暴きたかった。


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