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鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


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競謀 - 7


 取調べ室では、石川が既に待ち構えていた。森が手錠を取って寛生に託す。そして一人部屋から出て行った。

「今日は、彼ではなく、あなたと話すんですか?」

 視線で森を見送った堤は、石川へと顔を向ける。寛生は石川の斜め後ろにイスを置いて腰を下ろした。

「そうだ。今日は狩谷事件の話を聞かせてもらう。俺は事件発生当時、特別捜査本部の捜査員をしていた石川だ。昨日の供述通り、通報は確かにお前の声だった。関係者なのは確かなようだな」

 単刀直入に伝える口調は威圧的だ。堤は興味を惹かれたように微笑んだ。

「狩谷が自害したことにより、判っていないことや矛盾点がいくつも残されている。当時十二歳だったお前は、これから何を供述しても罪に問われることはない、法律に守られた立場だ。それを理解した上で、質問に答えてくれ」

「昨日も言いましたが、俺が知っているのは一部に過ぎません。判ることでしたら」

 早口な石川とは対照的に、堤はゆったりしたいつものリズムだ。昨日の森とのやり取りに続いて、今日も楽しんでいるようだ。

「まず動機について。お前が知っている動機を話せ」

「動機は……そうですね、一言で言えば『神に与えられた使命を果たすため』ですかね。小四になってすぐ、突然父が迎えに来たんですが、その時にはもう使命の話をしていました。人間があまりにも身勝手なので、全員入れ替えて世界の秩序を立て直すと神が言っている。父とその息子である俺は、神を手助けするために選ばれたんだって。今になって振り返れば、父は統合失調症か何かを患って妄想に悩まされていたんだろうと考えますが、その時はわからなかったので、一体何を言っているのかと、ただ怖いだけでした。あの時理解していれば、適切な治療を受けさせられたのにね」

 ここで堤は一度会話を止めて微笑む。だが、石川の表情に変化はなかった。

「つまり、神の代理で殺して回っていたと言うことか?」

「それで間違ってないです。神の手足となって戦う戦士のような役割だと思い込んでいました。殺すだけではなく、その場で神に捧げる儀式を行うことで、被害者の魂を取り込んで父も強くなれると言っていました」

 また儀式かと、寛生は視線を上げる。儀式については一切報道されていない。第三の人格が睦希を儀式に掛けようとしていると、この単語は既出だが、事件現場で行われていたのは初耳だ。黙って聞いている寛生の眉間に皺が寄った。

「その儀式とは? 具体的に何をやっていた?」

 すかさず石川が追求したが、堤は答えない。そして寛生にチラッと視線を向けた。

「遺族である小野寺さんが聞いているこの場で、わざわざ詳細を確認する必要がありますか? 現場を見たのなら、把握しているのでは?」

「こいつは警察官だ、配慮は必要ない。むしろどれほど凄惨な現場だったか教えてやった方がいいんじゃないのか? お前が何を見せられたのか、四歳だった小野寺睦希がどれだけ(おぞ)ましい光景の中を、一人歩いて玄関から外に出たのか、全部こいつに教えてやれよ。同じ儀式をまたやるつもりの人格もお前の中には居るんだろ? なら、知っておいた方が、こいつの目も覚めるんじゃないか?」

「なるほど……それも一理ありますね」

 石川の挑発を聞いて、堤は遠くに視線を向けて考えている。時間を置いて、ゆっくりと視線を石川へと戻した。

「家の中の命を全て消した後、全員の心臓を取り出しました。そして、心臓から搾った血液を飲むんです。小さな子が居る時は、心臓そのものを食べる場合もありました」

 堤が何を言ったのか、寛生は一瞬理解ができなかった。だがすぐに、足元から悪寒が全身を覆い始める。叫びそうになった口を慌てて両手で覆ったが、その手は震えている。胸に引き攣るような痛みが走った。

 心臓は胸部をナイフで裂けば取り出せる位置ではない。心臓まで辿り着くには肋骨を開く必要がある。医療従事者でもない素人が行うとなれば、現場は血の海になっていたことだろう。幼かった睦希が見たのは、家族の身体が無惨に開かれ、内臓が露出している光景。全てを記憶から消してしまったのも納得できる。呼吸をすることさえ苦しくなった寛生は、顔を歪めて無意識に身体を丸める。全身から嫌な汗が噴き出した。

 そして堤。これだけ猟奇的な話をしていても、表情も口調も淡々としている。人格の中で唯一社会性があり、睦希を救おうとしている武史でさえ、殺戮に慣れ過ぎているのではないか。凄惨な儀式を間近で見せられた堤の心も、間違いなく壊れている。急に目の前の男が恐ろしい存在に思え、寛生は衝撃から回復できない。堤の視線が石川から寛生に流れ、何かを伝えるような厳しさで見つめている。覚悟が足りないと(なじ)られたが、本当にその通りだと、寛生は痛感していた。

 視線に気付いた石川が振り返り、荒く乱れた呼吸が収まらない寛生を観察している。

「大丈夫か? 耐えられないなら、逃げ出してもいいんだぞ」

 本気で逃げていいとはこれっぽっちも思っていないだろう。そして、ここで事件と向き合うことを避けたら、堤の信用も得られなくなる。儀式の話を言い出したのは堤で、石川が食いつくとわかっていたはずだ。最初から儀式の詳細を伝える意図があったのではないか。圧を感じ取った寛生は、前屈みだった背中を気力で起こした。

「問題ありません。続けてください」

 絞り出す声で伝え、両手を握って太ももの上に乗せる。まだ四肢の震えは続いていた。

「あの当時も、捜査員や鑑識が何人も脱落して行ったんだよ。事件現場の様子が頭から離れなくて眠れない、日常生活で突然フラッシュバックする、不安や緊張がずっと続いてるって。PTSDの休職や退職が相次いだよ」

 石川は堤に話し掛けながら身体を戻す。堤はこれには何も反応しない。今までと同じように淡々とした表情だった。

「で、まるで見ていたような言い方だな。昨日は黙秘したようだが、お前は犯行現場に同行していたのか?」

 攻撃の手を弛めずに石川は次の問いを投げる。堤は再び、この会話を楽しむように口角を上げた。

「俺の断片的な記憶では行ってませんが、他の人格の行動全ては把握していません。ただ、父の話によると、六件目の小野寺家までは全て同行していたようですよ。小野寺家に生存者が居たと報道が出たので、睦希の居場所を見つけ出せと、七件目からは別行動になりました」

「別行動になったから通報したのか。人生を滅茶苦茶にした父親を、お前は間接的にでも見事に殺してやったわけだ。満足したか?」

 堤は石川の挑発には反応せず、軽く微笑んだまま表情ひとつ変えない。石川もそれ以上の挑発は重ねなかった。

「おい、狩谷を名乗るヤツと替われ。同行したとしたら、その人格だろう? 話したい」

「お断りします。妄想の世界に住んでいるので、会話が成立しません。それをもって証言とされたくないです」

 即答で鋭く断る声が聞こえた後、二人は無言で互いを強い視線で見つめている。寛生としては最大の敵である第三の人格を見ておきたいと期待したが、堤に応じる気配はない。ここでは終われない石川が、先に口を開いた。

「現場にいたと言われても、証拠がないんだよ。身元不明の指紋も、足跡(ソクセキ)も体毛も何ひとつとして発見されていない。昨日お前の指紋は手に入ったが、やはり現場にはなかった。外で見張りをしていたのか?」

 一触即発の張り詰め方をしていた場の空気が、再び動き始めた。

「ソクセキ? あぁ、足跡(あしあと)のことですか」

 警察で使われる用語を堤が確認すると、石川は頷く。

「残念ですが、当日の行動は俺にはわかりません。でも……そこに居た証拠はなくても、居なかったと証明する証拠もないんじゃないですか? まぁ、これは悪魔の証明にあたるのかもしれませんけど」

 先ほどの仕返しなのか、堤の表情は明らかに石川を挑発している。寛生の脳内に、取調べ慣れしたベテラン犯罪者のようだと初対面の時に感じた記憶が蘇った。

 石川も挑発に乗ることなく、苦笑を浮かべて受け止める。だが、そこで背もたれに上体を預けて時間を取る。堤も石川を無言で眺め、取調べ室の時間がまた止まった。


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