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鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


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競謀 - 1


 取調べが終了した森と、睦希を担当した原田(はらだ)という女性刑事も合流する。睦希は別の女性警察官が実家まで車で送ることになった。会議室に集まったメンバーは、皆が一様に難しい表情を浮かべている。

 最初に署長がスーツの男を紹介した。

「こちらは石川(いしかわ)警視監。狩谷事件発生当時、特別捜査本部(トクソウ)捜査主任官(シュニンカン)として陣頭指揮を取られた中のお一人だ。現在の役職は警視庁(ホンチョウ)公安部長。狩谷事件の共犯の可能性があるということで、ご足労願った」

 先ほどの会議室の様子から、当時の担当捜査員だろうと予想してはいたが、警視庁の役員、しかも公安のトップと聞いた面々に緊張が走る。続けて署長は森、寛生、原田の順に紹介する。石川は一周した視線を改めて寛生に向けた。

「お前のことはよく覚えてるぞ。小野寺睦希の事情聴取をやめてくれと睨みつけてきた中坊が、今は調べる側か。皮肉なもんだな」

 当て擦りたっぷりに攻撃される。当時は何人もの捜査員が入れ替わり立ち替わり自宅に押し駆けていたため、寛生はこの男を記憶していない。何も言うべきではないと、無言で頭を下げるに留める。穏やかとは言えない空気を入れ替えるように、署長がまず原田に声を掛けた。

「小野寺睦希はなんと言っていた?」

 突然指名された原田だが、落ち着いた声で報告を始める。

「事前に、傷つけることはしないので安心してくれ。ただじっとしているようにと言われていたそうです。その言葉通り、刺されるとは全く感じなかったと供述しています。現場の状況と合ってますか?」

 なんとも言えない空気の中で、森が最初に口を開く。

「彼女は現場でも、傷つけない、動かないでいてくれと言われたと訴えていました。小野寺、お前はどう感じた?」

 森が寛生に確認を取る。堤を無罪放免にはしたくないと思いながらも、寛生は殺意は感じなかったと告げざるを得ない。会議室の全員が無言で頷いた。

 そこで森が会議室のホワイトボードに向かって歩き出した。

「二つの事件が混ざり合っているので、整理しましょう」

 ボードの左上に黒マーカーで『狩谷事件』と記す。その下に『親子?』と続けた。

「小野寺、桐生で聞いてきた話を共有してくれ」

 促されて、遠藤から聞いた二人の親子関係と、当時誘拐されて狩谷と行動を共にしていた話を伝える。それを簡潔にボードに記載した森は、寛生の発言を止めた。

「事件現場に同行していたかどうかの真偽は不明です」

 そう言いながら、ボードに『現場に同行?』と記す。そこで石川が口を開いた。

「六件目の小野寺家も含めた全ての現場で、狩谷は指紋や体毛などの証拠を何ひとつ残さなかった。唯一残したのが、足跡(ソクセキ)だ。殺害人数の多さから、鑑識も複数犯を疑って、家の隅々まで調べ上げた。それでも共犯者の痕跡は見つからなかった。あの男は黙秘したが、現場に居た証拠は何ひとつとしてない」

 マーカーを手に持ったまま石川の話を聞いていた森は、『現場に同行?』の横に赤マーカーで『証拠ナシ』と書き添える。そして再び黒マーカーでその下に『小野寺睦希をクローゼットに隠した?』と、その横に『堤は黙秘』と書き込む。

「小野寺、居たと想定した根拠を説明してくれ」

 この面子に夢の話をするのは微妙だと思いながらも、寛生は睦希から聞いている話を伝える。既に内容を把握している森は黙ってホワイトボードに記入を始めていたが、今初めて聞く他のメンバーは、夢の話だとわかると聞く耳を持たない雰囲気に包まれた。

「夢の話に過ぎないんですが、そもそも堤と狩谷事件を結びつけたキッカケが睦希の夢だったので、信憑性がないと切り捨てられません。それに睦希は堤の声を懐かしいと表現していました。あの警戒心の強い睦希が、堤にはすぐに懐いた。何か理由がある筈なんです。それに堤でないなら、一体誰が睦希をクローゼットに隠したのか」

 証拠に否定されても、寛生は堤は現場に居たと信じている。それこそが、あの二人を結びつけた絆ではないのか。だが、石川は鼻でせせら笑った。

「夢の話など証言にもならない。記憶は戻ってないんだろう? 当時の特別捜査本部(トクソウ)では、他の家族は全員一階で被害に遭ったので、二階に一人で居た小野寺睦希は、自分で隠れたと判断した。クローゼットは下部に引き出しが二段あるタイプのものだったが、身長が同じ102cmの女児複数人でテストをした結果、全員が自力で登ることができた。ドアも取っ手の裏側に台座があり、そこを持てば中から閉めることは可能だ。実際、小野寺睦希の指紋が台座についていた。ただし、事件当日の物かどうかは不明で、事前についていた可能性は否定できない」

 総力を上げて調べていた特別捜査本部がそこを放っておくわけがない。堤の関与を裏付ける証拠を何も持たない寛生は、この場では無言で頷くに留める。森が赤で『証拠ナシ』と記入した。

「じゃあ次。110番通報。石川警視監、こちらは裏を取りますか?」

 森に問い掛けられた石川は、眉間に皺を寄せて小さく唸った後に答える。

「あぁ、裏取りはする。さっきの録画から堤の声を切り出してくれ」

 了解と答え、森は赤で『裏取り中』と記す。そして全員に向けて顔を上げた。

「狩谷事件への関与を示す証拠は現時点では何ひとつなく、堤の妄想、もしくは偽証の可能性もあります」

 全員異論はない。場の同意を把握した森は、ホワイトボードの中央上部に『解離性同一性障害』と書いた。それを見て署長が渋い唸り声を漏らす。そして、初めて発言に加わった。

「これは本当なのか? 捜査を混乱させるため、もしくは罪を軽くするために仮病を使っている可能性は?」

 過去にこの病気を偽った例もあるので、当然の疑問だろう。促される前に寛生は自発的に口を開いた。

「子どもの頃からずっと診察している医者の情報を聞いてきました。救急対応の総合病院なので、ここが終わったらすぐ行ってきます」

 人格が分裂していることも本当だろうと寛生は確信しているが、私見は入れずに客観的な情報だけを伝える。署長は頷いた。森は赤で『主治医を取調べ』と記入し、続いてホワイトボードの右上に『本日発生の事件』と書き込んだ。

「で、最後に先ほど発生した事件ですが……」

 森の手が『殺人未遂』『脅迫罪または強要罪』『同意殺人の嘱託』と三行に分けて記す。会議室の中は無言になった。その空気を見て、今まで静観していた副署長が口を開く。

「狩谷事件への関与疑惑とは切り離して、今日の事件単体で考えるべきだ」

 石川を除いた全員が無言で頷く。森の視線を感じて、寛生が口火を切った。

「一番上の殺人未遂を問うのは難しいと感じました。睦希の供述に加えて、堤は俺たち二人を傷つけないように、自分から包丁を遠くに投げ捨てました。殺意は認められません。二番目は当てはまると思いますが、三番目の嘱託は、頼んだだけで実行されていないので、まだ成立してないですよね?」

「うーん……」

 署長が腕組みをして天井に視線を向ける。全員が次のアクションを待って黙っていると、今度は顔を下に向けて会議室の床を見つめた後、やっと森に視線を向けた。

「精神疾患を患っている患者が、包丁を持って『俺を殺してくれ』と騒いだ事件。駆けつけた警察官に『殺してくれなければ、恋人を刺す』と脅したが、取り押さえようとしたところで自分から包丁を捨てた。人質になった恋人も『刺す気はなく、狂言。命の危険は感じなかった』と証言している。お前、この概要だけを聞いた時に、刑事事件として成立すると思うか?」

 意見を求められた森は、視線を何度か上下に揺らして考える。

「駆けつけた警察官に対する脅迫罪や強要罪には当て嵌まると思いますが、メンタル患者が起こす騒ぎとしては、正直ありがちです。前例に従うなら、精神疾患が原因で自傷他害の恐れがあるとして、措置入院させるのが妥当なケースではないでしょうか」

 警察から連絡を入れて保健所判断により行政措置で入院を命令する制度を、森は候補として挙げる。その発想はなかった寛生は、黙って二人のやりとりを見つめている。署長は深く頷いた。

「だよなぁ? こっちが送致しても検察庁(サッチョウ)が起訴するかどうか。明日相談に行こう。それには精神疾患が本当かどうかがカギになる。なるべく早く担当医から裏を取れ。検察庁(サッチョウ)が起訴に当たらないと判断した場合、堤を拘束できるのは四十八時間(ヨンパチ)だ」

 後半は寛生に向けて指示が出される。会議室でこれ以上の進展はないだろう。今すぐ行くと告げてドアに向かって歩き出すと、森が後を付いて来た。

「俺も行くわ。これ以上単独行動するな」

 背後から副署長が『森、お前はもう捜査員じゃないんだぞ、帰って来い』と呼び止めていたが、森は振り返ることなく廊下を走り出した。


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