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鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


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顕現 - 4


 車に戻った寛生は、ドアを開く前に煙草に火をつける。視線を上げると、日の入り後の赤黒く焼けた空が見える。今聞いた話と相まって、不吉な色だと感じた。

 睦希の夢の話から繋いだ仮説が全て裏付けられたと言うのに、爽快感など全くない。幼い堤を襲った悲劇、そして静かな人格の堤が言った、やってほしいこととは何なのか。そして一番肝心な、睦希に近づいた理由も不明なままだ。煙草を携帯灰皿へと落として車に乗り込むと、寛生は森に報告の電話を入れた。

 一通りの顛末を伝えると、森は絞り出すような呻き声を漏らした。

「まさか今頃になって、狩谷事件が動くとは」

「現場に居たとわかっても、堤の身柄(ガラ)……何の手出しもできずに野放しですよね?」

「当たり前だ、法治国家だぞ。そもそも事件現場に居た証拠がない。夢で聞いた声なんて証言にならないからな。だが、上に報告は上げる。今更掘り返すことを嫌がるのか、それとも任意で話を聞きたいと判断するかは、俺にはわからない。共犯も問えない十二歳でメンタルの問題を抱えている息子となると、扱いが相当難しいぞ」

 森の意見に何の異論もない。全てその通りだが、堤の存在をどう捉えればいいのか。寛生の感情は定まらなかった。

「森課長。狩谷と一緒に事件現場に居て何か手伝っていたと仮定してですが、その場合の堤は、年齢的に罪を問えないだけの加害者ですか? それとも被害者なんですか?」

 十二歳なら事の善悪の区別はもうついていたはずだ。それなのに、事件への関与を誰にも知られることなく逃げのびて、一般市民に紛れて暮らしている点に納得がいかない。寛生の心情を察したのか、森は諭す口調に変わった。

「俺たちは法律に則った判断しか許されていない。万が一現場で加担していたとしても、責任能力が認められない年齢である以上、命じた狩谷が関節正犯に問われて、狩谷の犯罪に追加されるだけだ。それに、そんな場所に連れて行かれたことが間違いなく虐待だ。いいな? 堤は被害者だからな?」

 やはりそうなるのか、と寛生は森の言葉を噛み締める。スッキリしない気持ちを抱えながらも承諾するしかない。

「とりあえずお前はすぐに帰って来い。現場で判断していいレベルの話じゃない」

「はい。ですが、戻る前に睦希を実家に保護していいですか。堤の目的がわからないので、これ以上二人にしておけません」

「そうだな。そうしろ」

 森との通話を終え、すぐ睦希の番号をタップする。堤が狩谷の息子だと分かれば、睦希も目が醒めるだろう。いつも通りのスケジュールならもうバイトに入っている時間だ。留守電に繋がってしまったが、やはりこの話は対面で伝えたい。

「睦希、大事な話があるんだ。バイトが終わったら、何も聞かずに真っ直ぐ実家に行って、俺が帰るのを待っていてくれないか。今日だけは俺の頼みを聞いてくれ。頼む」

 意識して落ち着いた声で留守電に吹き込む。さっき保護しておくべきだったと後悔の念が浮かんだが、他人の目があるバイト中なら大丈夫だろう。終わる時間までに東京に戻ろうと、寛生はエンジンを掛けた。


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