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鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


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顕現 - 1


 悪夢がまた変化した。睦希は誰かに抱えられ、部屋の中を歩き回っている。最後にクローゼットの扉が開かれ、その中に座らされた。

「絶対に声を出さないで、じっとしてるんだ」

 この前から繰り返されている言いつけが、堤の声で脳内に響き渡る。必死に頷くと扉が閉められ、睦希は闇に包まれた。


 目が覚めた時、真冬だと言うのに睦希は酷く汗をかいていた。助けを求めて反射的に堤を探す。だが、あれ以来隣で眠らないようにしているのか、今日ももう部屋には居なかった。普通の恋人たちのように朝まで一緒に居てもらえないことをいつも以上に寂しく思う。

 堤に対する睦希の依存は、日を追うごとに強くなっている。彼に従っていれば怖いことにはならないと、心の奥底から聞こえる声に素直に従う。睦希はそれを当然のことのように感じ始めていた。

 それでもふとした時に、大切な家族、特に寛生の存在に意識が流れることもある。ベッドの上で上体を起こした時、夢が変化した話をやはり伝えるべきだろうかと、迷う気持ちが湧き起こった。そうすべきなのは頭ではわかっているが、記憶を刺激したくなくて避けているだけだ。だが、この夢の話を相談するとしたら、やはり堤ではなく寛生だろう。事件のことまで堤の負担にしたくなかった。


 夜明けが近い時刻。住宅街の路上に停めた車の中で、運転席に座る寛生は、助手席の森と共に、自販機で買ってきた温かい缶コーヒーを飲んで眠気を飛ばしている。管区内で起きた自動車窃盗団の被疑者が、防犯カメラのリレー捜査から割り出されたので、その男の帰宅を待って昨夜からずっとこの車の中に座っているのだ。

 管理職である森が現場に出るのは珍しいが、別の事件で逃亡犯と揉み合った課員が脚を骨折する受傷事故で入院しているため、現場が好きな森が俺が出ると名乗りを挙げた。だが、さすがに眠気もピークなのか、隣で大あくびをしている。

 寛生は視線を被疑者宅のアパートへと続く道に置いたまま、十七年前も今と同レベルに防犯カメラの設置が進んでいたら、狩谷事件はもっと早くに解決できただろうにと考えている。当時と今では、技術の進歩で捜査方法もかなり変わった。もっと早く解決していたら、叔父一家は被害に遭わずに済んだのではないかと、いつも考えてしまうのだ。

 あくびを終えた森が、頭を左右に振って眠気を飛ばし、桐生はどうだったのかと問い掛ける。進展がなかったので報告していなかった寛生は、上司の求めに応じて桐生での顛末、そしてその後に堤と呑んだ話をかいつまんで伝える。森はずっと『うん、うん』と相槌を打ちながら最後まで口を挟まずに聞いていたが、寛生の話が終わると、指先で眉間を擦りながら『うーん』と唸った。

「虐待されてたとかかねぇ。母親か、もしくは誰だかわかっていない父親に。父親の方だとしたら、地元の有力者や政治家、またはマル暴で、住民が恐れている存在。口を割らないってことは、今も強い影響力がある。そんなところでどうだ?」

「そうかもしれないですね。その仮説には説得力があります」

 住民が揃って口を噤み、遠藤が『可哀想な目に遭った』と表現したこと、そして虐待を受けた子どもは成長した後に、同じように他人を虐待してしまいがちな負の連鎖を考えれば、森の仮説に違和感はない。だが寛生の心は、まだ納得していなかった。

「正直、それだけとは思えないんですよ。煮ても焼いても食えなそうなあの男は、何か目的があって行動してるように感じます。俺にやってほしいと言ったこともわからないままだし。何かが隠されているように思えて仕方がないんですよ」

 寛生が渋い表情で続けると、森はそれを横目で見ながら、缶が垂直になるまで傾けて底に残った僅かなコーヒーまで音を立てて啜り、車のドリンクホルダーに入れた。

「わからん。話を聞く限りではオツムが相当回りそうだから、お前を遠ざけるために(けむ)に巻いてるだけかもしれないぞ。『ほーら、探して来ーい』って投げられたボールを、お前は『わんわん』って素直に取りに行かされてて、その隙に睦希ちゃんと仲良くしてるとかな」

「はぁぁ、犬扱いですか」

 頭の良さは向こうが上だと痛感してはいるが、いくらなんでも比喩が酷いと、寛生は責める口調で呟く。それに続いて大きな溜息をついた。

「まぁ、睦希が心配なんで、引き続き調べますよ。とは言え、一般人として被疑者でもない男の素性を調べるって難しいですね。桐生にヒントが埋まってるんだろうけど、遠藤の爺さんは口を割りそうもないし」

「非番の度に通って信頼を積み重ねるか? 他県に出る時は毎回許可取れよ?」

 ご苦労さんと森が冷やかした時、車積の無線が起きる。二人は雑談を終わらせて、警察官の顔に戻った。


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