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鵺の呼ぶ声  作者: 松岡織


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逐影 - 4


 目当ての()き農園はすぐに見つかった。敷地を進むといくつものハウスが並ぶ大きな農園だ。その中の一つに人の気配を感じて中を覗くと、小柄な初老の男が折りたたみイスに腰を下ろして、手元で何かの作業をしているのが見えた。

「すみません! 遠藤さんですか?」

 呼び掛けながら歩み寄ると、男も手を止めて立ち上がる。真っ黒に日焼けした姿は、昔の日本の農家の男と言った印象だ。

「突然押しかけて申し訳ありません。私は東京の興信所で調査員をしている小野寺と申します。少しお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「興信所? 興信所が俺に一体何の用だ」

 ジロジロと遠慮のない視線で観察される。突然来たのだ、不審に思われても仕方ない。寛生は姿勢を低くし、精一杯の愛想笑いを浮かべた。

「こちらのご出身の方に縁談が来てまして、お相手ご家族様から調査を依頼されました。この辺りのことは遠藤さんがお詳しいと伺ったので、教えていただけないでしょうか」

「若いモンの素行まで把握してるわけじゃないから、わかるかどうか。誰だって?」

 少し警戒を緩めてくれた様子を観察しながら、寛生は意識して声をやわらかくし、話を続けた。

「堤武史さんです。ご存じですよね?」

 名を告げた瞬間、喫茶店の店主と同様に遠藤の表情が止まる。そして一気に警戒のレベルを上げたのが、その視線から伝わって来た。

 やはり堤には何かある。にこやかな表情を保ったまま内心では確信を深め、寛生は遠藤の返事を静かに待っていた。

「興信所の調査ってのは本当か? おい、身分証明書を見せろ」

 鋭い追求に、今度は寛生が固まる番だ。農業を営む高齢者と聞いて、もっと簡単に聞き出せると想定していたが、この男はなかなか手強そうだ。だが求められても、興信所の名刺など用意していない。偽造するだけなら罪ではないが、それを利用して信用を得たら犯罪だ。立場上、それはできなかった。

「あの、弊社は弱小で名刺や社員証がないので、私個人の物でよろしいですか?」

 苦しい言い訳だが、苦肉の策として運転免許証を出して手渡す。遠藤はそれを受け取って寛生の顔の高さに掲げ、老眼でよく見えないのか、距離を変えながら同一人物であると確認する。そしてすぐに返してきたが、寛生の全身を観察する不躾な視線は止まらない。

「東京に住んでいる小野寺って部分だけ確認できた。だが、あんたが本当に興信所の社員なのかどうかわからない。信用ならないし、本当に興信所だとしても、俺から話す事はない。帰ってくれ」

「いや、ちょっと待ってください」

「あんた、元か今かは知らんが、警察なんじゃないのか? ガタイがやけにいいし、節々にこっちを監視している態度が見える。武史の話が聞きたければ、縁談なんてすぐバレる嘘はつかずに令状を持って来い。さぁ、今すぐ出て行け。ここは俺の私有地だ。あんた、不法侵入してるぞ」

 ハウスから追い出そうと、遠藤は寛生との距離を威圧的な態度で詰めて来る。突然豹変した強い拒絶から、何か秘密があると白状しているようなものだ。寛生は食い下がった。

「なぜそこまで武史さんの話を避けようとするんですか? 何かあったんですか?」

「否定しないってことはやっぱり警察か! 興信所とか嘘ついて、一体何を聞き出そうとしてたんだ。違法捜査じゃないのか? サッサと出て行け」

 簡単には誤魔化せない相手だと悟った寛生は演技を止め、渋い表情でじっと遠藤を見つめる。身分を偽ったのは大失敗だったようだが、これは捜査ではない。次にどう出れば食い下がれるのかと頭を回転させていた。

「確かに警察官です。嘘をついたことは悪いと思ってます、本当に申し訳ありませんでした。ですが、今日は捜査ではなく、私人として来ました。縁談と言ったのは本当なんです。話だけでも聞いてもらえませんか? 答えるかどうかはお任せします」

 遠藤の性格を見るに、嘘を重ねてもきっと良いことはない。むしろ本音を伝えた方が良いのではないか。それに賭けて寛生を深々と頭を下げた。

「……縁談は本当? 武史が?」

 遠藤の声色が変化する。その反応に寛生は勢いよく頭を上げ、このチャンスを逃すまいと食いついた。

「はい。武史さんは今、私が娘のように大切にしている従妹と付き合っています。ですが、彼は少し普通の人とは違うように思えて、このまま二人の関係を続けさせていいものか、迷っています。彼はどういう人物なんですか? 子どもの頃や思春期の様子や、ここに居た頃の人となりを教えてもらえませんか? これ以上従妹が深入りする前に、保護者として安心したいんです」

 最後を肯定的に収めた以外は、全て本音で訴える。拒絶一色になっていた遠藤の表情に変化が起きていた。

「あいつが恋愛? ちゃんと付き合えてるのか?」

 遠藤の表情が戸惑いで揺れる。それは驚きと喜びが複雑に混じり合ったものに見える。その言い方に、寛生は眉間にシワを寄せた。

「なぜそんなことを言うんですか? 武史さんには恋愛するとは思えない事情でもあるんですか?」

 問われたことには答えず、寛生は聞きたい問いを重ねる。遠藤は視線を外し、ためらった表情でしばらく考えた後に口を開いた。

「あいつはガキの頃、とてつもなく不幸な目に合った可哀想な子なんだ。随分と傷ついてな。だから、そんな人間らしい未来があるとは思わなかった。あんたは心配かも知れないが、俺は喜んでる。克服できたんだな、良かったな、彼女を大切にしろよって伝えてくれ」

「子どもの頃に何があったのか、教えてもらえませんか? 俺は堤を信用できません」

「話さないって言っただろ、断る。あんたが武史を信用して、あいつもそれに応えたら、いつか自分から話すだろう。俺が言うべきではないし、あんたが変な先入観を持つだけだ」

 遠藤は先ほどまでの喜びを浮かべた表情から一変し、それ以上は語らないと決意したのか唇を固く結ぶ。その様子を見るに、二人の間には信頼関係が構築されているようだ。遠藤は信用に足る人物に見える。と言うことは、堤もそう悪い男ではないのだろうか。寛生は溜息をついた。

「わかりました。今日のところは引き上げて、もっと堤と話してみます。ありがとうございました」

 これ以上問い詰めても、遠藤は話してくれないだろう。それを肌で感じた寛生は頭を下げてハウスを後にするしかなかった。

 だが、ここで諦めるには収穫がなさ過ぎる。商店や畑で働く中高年を狙って聞き込みを続けても、堤の名前を出しただけで一様に表情が強張り、よく知らないの一点張りだ。小中高の学校にも行きたかったが、今日の立場は民間人。突然訪ねて卒業生の個人情報を聞き出すなど不可能だ。住民の反応を見るに、何かあったのは間違いないが、遠藤が言ったとてつもなく不幸な出来事が何なのかわからない。

 もどかしい気持ちで車に戻った寛生は、このまま帰るのが悔しくて、市の中心部まで戻り、図書館で地方紙の縮刷版を電子端末で漁ってみる。だが当時の記事は紙面が画像として保存されているだけで、文字検索に対応していない。膨大な量をチェックするなど不可能だし、そもそも報道された事件なら、住民が揃って口を噤むのもおかしい。手詰まり感に襲われ、民間人として情報を聞き出すことの難しさを痛感しながら、仕方なく撤退せざるを得なかった。


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