神の使い
「とりあえずは、お互い妥協点を作ることができましたな」
ヘイルス王国との交渉を終え、岐路に就く道中、ナムバは同じ経団連に所属するフリューインに話しかけた。フリューインとは、数回使節団の一因として経団連の仕事をしたことがある顔なじみ同士である。
「わが国としても、これ以上のヘイルス王国の勝手を許してはおけません」
「タツミ殿は、その知識を、他国との友好に使ってほしいのだが」
二人の会話を聞いていたフラグラスは、フリューインとの面識はあるものの、ナムバとのかかわりは今回の派遣が初めてであった。年齢も、経団連に属する経験もフラグラスは浅く、先ほどの交渉でも主にナムバとフリューインに任せるような状況であった。
「ヘイルス王国と、両国との間で3か国間同盟を作るのはダメなんでしょうか?」
ここまで、あまり会話に加わらなかったフラグラスが疑問を投げ抱える。
「そうか、フラグラス殿は、知らないのか」
苦笑いしながら答えるナムバが何を指してそう言ったのか、わからないフラグラスは、フリューインの方に顔を向ける。
「そういう動きも過去にはあったのですけどね。それで、同盟を結んでくれるような簡単な国なら私たちも苦労はしないのでしょうね」
フラグラスは、三国間の同盟を結ぶという案は失敗であったことを察する。
「国力でいえば、向こうの方が上ですからね。わざわざドリス、ヘーゲルと同盟を結び利点はないと一喝されてしまいました」
ゆっくり馬を走らせ、あと半日で国境まで出られるところまで来た一行であったが、すでに辺りは暗くなり始めていた。朝から始める予定だった交渉であったが、国王に待たされ、話し合いの序盤、うまく進められなかったこともあり、交渉が終わったのは昼とっくに過ぎた頃であった。
「もう今日は暗いですから、この辺に泊まりますか」
経団連の幹部として派遣されたのはナムバ、フリューイン、フラグラスの3人であったが、それに加え数名の連れの者もいた。
「そうですね、疲れているのは我々だけではないようですし」
フラグラスは、後ろについてくる連れに対して気を使った。
交渉がうまく進んだとは言えないものの、持ち帰るものがないわけでもない。この交渉次第によっては、戦争になる可能性もある、そんな思いを抱えここ2,3日間眠ることができなかった3人にとっても、比較的ゆっくり眠れる夜になる。
しかし、3人が自国に戻り、交渉の結果を話すことはなかった。
何時になっても、起きてこない客を起こしに部屋に行った宿の女将の目に映ったのは、部屋中についた大量の血痕であった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
牢獄から脱走をしたベイラと達成は、壁の前にある町で遅めの昼食をしていた。
「いやー、驚いたよ。ここまで君が能力を隠すなんてね」
鉄越しの牢屋からの脱出ができない達成は、ベイラの鍵開けの力に頼るしかなかった。もっとも、ベイラには、能力を隠すためのものだと思われているが。
「しかも、このサンドイッチだって私が払うんだからね。君は、なんて強欲なんだ」
「仕方ないだろ、大した能力ないのは本当だし、来たばっかで一銭ももっていないんだから」
ふーん、というがベイラは明らかに納得していない表情であった。
「何だよ」
「じゃあ、聞くけどさ。君の能力は何なのさ。転生者なんだからそこらで簡単に手に入るようなものじゃないんだろ?」
それは、言い換えるとベイラ自身も特殊な力を持つことを意味する。
(困ったな。俺の能力は、初見殺しみたいなものだし、ばれたら今後の付き合い方も変わってきそうだし。ベイラのことを信じていないわけではないが、ベイラが不法滞在者じゃないとも言い切れない。うーん)
「言っとくけど、異世界に来たばっかりという君に時間も、サンドイッチもおごってあげてるんだから、ここまで来て教えないはなしだよ」
返答に困っているとベイラから釘を刺された。
「あんまりいうつもりはなかったんだけど…」
達成は、ベイラが不法滞在者である可能性と、今後の計画とを天秤にかけ、話すしかなかった。達成が持った能力、そしてその力を使って不法滞在者という存在を消す必要があることを。その結果、ベイラが不法滞在者であった場合は、それこそ「神」を呪うつもりでいた。
「え」
驚きのあまり声が出てこないベイラの反応は、当然であろう。同じ転生者であっても、成り方が違う。俺は、「神」から厄介ごとを押し付けられた立場なのだから、達成はそんな気持ちでいた。
「俺もベイラみたいに何かしらの特殊な能力とか装備とか欲しかったよ。自由に異世界を冒険できるみたいな。しかも、俺と一緒にいたらいつ消される立場になるかわからない。ベイラにいろいろよくしてもらったのはありがたいが、ここでお別れになるかもな」
能力を打ち合えたら、なんとくこんな空気になるのは知っていた。これまでのベイラの発言から、不法滞在者ではないと確認は持っている。だからこそ、ひかれるじゃないかとそう思っていた。
「あはは、タツナリおもしろいね」
しかし、ベイラから出てきた言葉は達成が予想していたものと全く異なった。重苦しい雰囲気、よくても寂しい感じになると思っていたが、目の前にいる女の子、シル・アル・ベイラは笑っていた。一切の曇りない瞳とともに。
「面白いことを言った覚えはないんだが」
「だって、タツナリ、やろうとしていることは私と同じ」
何を言っているのか、達成は理解できなかった。
(俺が、やろうとしていること?それは不法滞在者の排除なわけで…。ベイラのやろうとしていることは、盗賊じゃないのか?)
頭にハテナを浮かべている達成をよそにベイラは話を続ける。
「私のやりたいことは、ゲームの中に出てきた盗賊。世界中の宝を集めること。そう思っているでしょ」
「あぁ」
ここまでは達成が思っている通りである。
「でもね、私が集めようとしているのは「神器」と呼ばれるもの」
(神器ってことは、その名の通り強大な力を持ったアイテムだよな?それと俺がすることとどう関係して…まさか)
気が付いた?と言いたげなベイラの顔と目が合う。
「この世界における「神器」とは、「神」が創造したアイテム。つまり…転生者が「神」から与えられ、この世界に持ち込んだもの。それを回収することが私の役目。まさかタツナリも「神」の使いだったんだね」
「神」の使い。それはこの世界に来て、初めて聞いた言葉であったが、ベイラが何を言っているのか、達成にはわかった。ベイラも同じ境遇であると。神にこの世界のことを託されたということを。
「タツナリが私より後にこの世界に来たと聞いたときは、神器は持っていないだろうと思っていたけど、能力もへんてこなもの持たされたんだね」
笑いごとじゃないと達成自身は思う。
「そういう、ベイラは何か武器とか持っていないのか?」
「私も神器級のものではないけど、あるの」
「転生時から?」
「うん」
(あの「神」、ほんっと俺だけ変なもの与えて、肝心なもの一切くれないな)
聞けば聞くほど、「神」が達成に対してケチであることを自覚する。
「それで、その武器は?」
武器を持っているといっても、それらしきものはベイラの身の回りからは見られない。
「今はちょっと奪われちゃって、ないんだよね」
「それは本当か?よし、俺が探してあげるから腕を上にあげてくれ」
ボディチェックの要領でベイラの体を触ろうと試みたが、手のひらが頬に飛んできた。何も、そんなに強く叩かなくても。だが、これすらも達成が夢見た世界である。
「どうせなら、私の双剣取りに行くのと、神器の回収手伝ってよ」
頬をさすりながら、熱くなっているのを感じたところでベイラから、提案をされた。どうやら、この国の王が転生者である可能性があり、神器の保有者である可能性もあるという。名前をタツミ・アヤカワというらしいが、どう聞いても日本人名である。達成にとっては、好都合である。右も左もわからない中で情報だけでなく、こんなにかわいい女の子と一緒にでーt、神からの使命を遂行できるのだから。
話を聞くとベイラの双剣は、牢獄に収容時に奪われてしまったらしい。おそらく、壁の前にいる兵士たちの集合所にあるとのこと。せっかく、兵士たちにばれずに脱獄したというのに。
達成とベイラは、双剣の奪還を夜に行うと決め、それまで体を休めることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
雨が降りしきる中、ヘイルス王国との交渉のために使者を送ったヘーゲル共和国当主、マサラ・ラクメロは、その帰りが遅いことに憤りを感じていた。ヘイルス城までは、ここから半日馬車を走らせたところにある。仮に、交渉が1日かかったとしても、今日の昼頃には帰ってくるはずである。しかし、日が暮れ始めるころになっても姿を見せない。
(交渉は決裂…か。そうだとしても、遅い。明日になっても帰らないということがあれば、あの二人が何か起きた可能性もあるというところか)
「失礼します」
降りしきる雨を窓越しに見ながら、考えていたラクメロの部屋にノックがかかる。
「入れ」
勢いのある声とともに入室した騎士の様子は、やや慌てふためいている様子であった。
「何があった」
普段、よほどのことがない限り慌てた様子の無い騎士の目が見開いているのだ。よほどの何かがあったのであろう。
「ヘイルス王国に向かったフリューイン公とミス・フラグラス伯爵ですが、さきほど帰国が確認されました」
「それはよかった。今からでもヘイルスでの話が聞きたい。2人をこの部屋に案内してくれ」
ヘイルスでの話とは、交渉のことである。通行税が引き上げられると、共和国の名産である果物がヘイルスで売るのに大きな出費となる。今でも国民の生活はいいものではないが、これ以上は国力の低下になりかねない。それを見すえたうえでのヘイルス王国の作戦なのだろう。交渉がうまくいかなかったということであれば、ラクメロは、ヘイルス王国と一戦交える気持ちでいた。
「それがお二人は…」
騎士の様子が相変わらずおかしい。帰国しているはずなのにもかかわらず、騎士の後に二人が見える様子もない。
「はっきり言いたまえ」
ラクメロの横に立つ財務官が促す。
「二人は、死んだ状態で発見されました」
思わぬ騎士の回答に、冷静なラクメロも最初は驚いた。
「2人とも、肩からおなか辺りまで両断されており、傷口附近は皮膚が溶け、一撃で即死したものとみられます。おそらく、かの国、国王側近のジョネス・ラーバインによるものかと」
(ジョネス・ラーバインだと。王直属の者が他国の使者を殺すとは…。ヘイルスは完全に一線を越えてきた)
驚きは次第に、怒りに。経団連という名目であるものの、国の代表でもある使者を警告もせず殺すことは、国家間では超えてはいけない線である。ヘイルス王国がそれをしたということは、それは他国への拒絶。交渉の余地はないということ。
「明日、明後日中にヘイルスに攻め込むぞ」
これまで聞いたことのないラクメロの怒鳴り声に、報告した騎士のみならず、それをかたずを飲んで見守っていた部屋中の者が覚悟を決めた。
同時刻、帝国でも同様の動きがみられた。
ルシウス第二王子の提案でうまくことが進むかのように思われたヘイルスは、知らずのうちに近隣諸国の反感を買い、戦争への道を歩むことになった。




