暗闇の中で
一瞬、反応が遅れ、声のした方へ眼を見けるが、相変わらず暗く、はっきりとしない。しかし、ずっと暗い中で目が慣れてきたのか、先ほどよりもうっすら見える先には、確かに人の形をした何かの存在を伺うことはできた。
「あ、ごめんね。君には見えてないかな」
笑い交じりの言葉とともに、小声で何かをつぶやくと視界の前が明るく照らされた。魔法か何かをしたのだろうか。それと同時に先ほどまでの声の正体が明らかになる。
年齢は、同年代くらいであろうか。うっすら青く、白の強い髪色、小柄であるが、腰回りが見える短めのジャケットの下から“それ”の大きさがはっきりわかる下着をつけている女性の姿が映った。太もももから下が大胆にみえるパンツは、それ一枚の下から何も履いていないんじゃないかと思わされる。
「やだなぁ、そんなにじろじろ見ないでくれよ」
相変わらず半笑いで、少し恥ずかしそうにしているようだが、はっきり言って,こちらも目のやり場に困る。一瞬で、“そこ”は反応してしまった。童貞の俺からしたら、生身の女の子の、露出の多い服装を前にして、息子の高まりを押さえつけられない。今、下を向くと“そこ”が盛り上がっていることをすぐに認識できるだろうが、それを悟られたくもない。かといって、相手の方向もじっとは見てられない。見えるはずなのに、見えない、もとい見られない俺は、やはり童貞なのだろう。現世では、数々のギャルゲーを攻略し、官能的なラノベを何個も読破してきたというのに。改めて、自分の女性経験の無さをいやでも思い知らされる。
「へんたい」
どうやら、こちらの思いも相手にはまるわかりのようだ。丈の短いジャケットの端をふとももまで隠そうとするしぐさが俺の感情を再び動かす。もともと顔立ちのいいかわいいお顔が恥ずかしさからか頬を赤らめているのが心臓の鼓動を大きくする。
「俺の異世界はここなのかもしれない」
思わず声に出てしまい、自分でもびっくりしたが、とうとう俺の態度が変わらないのを見て、ばかじゃないのと一喝されてしまった。それすらもかわいいのだが。
「それで、君も私と同じ転生者なんだろ?いい加減、答えてくれよ」
そういえば、彼女を見てから、自分が発した言葉は、セクハラまがいの発言しかしていないことに気づく。
「あぁ、そうだが。どうしてわかった?」
「見てればわかるよ~。だって君、転生者にしてはオーラも殆どないようなものだけど、その年齢にしては、筋肉もないし。貴族ならそれもわかるけど、ここにいるってことはその線もなくなるしね。」
同じ転生者がゆえにわかったといったところだろうか。彼女の大胆な格好で気が付かなかったが、確かに彼女の周りに黄色い もや のようなものが周囲を覆っていた。これが、「神」も言っていたオーラというやつなのだろうか。
「私の名前は、シル・アル・ベイラ。ベイラって呼んで」
「稲垣達成だ。よろしく」
「ふーん。君は本名なんだね。よろしくね、たつなり」
お互いに、鉄格子越しに軽い会釈を交わす。
「ベイラも、転生者ってことでいいんだよな?」
「私も転生者だよ。君と同じ日本人のね」
「名前を聞けばわかるか。ベイラは本名じゃないのか?」
「私のは、プレイヤー名って感じ。本名は前の世界に置いてきたの」
俺もかっこいい名前を名乗ればよかった。
現世で何も達成できなかった不吉な名前を、異世界でも使用することに少し抵抗を抱いたものの、もう引き返せない。
「それにしても、ベイラ…すごい格好だな」
「あはは、これ…ね。私の好きなキャラに似せたものなんだ」
元となったキャラがいるらしい。転生の際に、「神」にお願いでもしたのだろうか。名前に引き続き、見た目も「神」にお願いしておくべきだったとつくづく思う。
「宝玉クエストって知ってる?盗賊の主人公が各地の宝玉を集めて、自分の願いを叶えるゲームなの」
それ、ドラ〇ンボ〇ルじゃね?まぁ、似たような話の小説やゲームもあったっけか。
「あいにく、俺は知らないな。すまん」
「そっか。君にも是非プレイして欲しかったな。主人公アル・リオスがかっこよくてさ、もう、彼に憧れて、結婚したいなんて思っちゃったりして。双剣捌きなんて、残像がうっすら見えるだけで、早すぎて追いつかないの!しかも、また性格がちょっと不愛想なところがよくてさ、それからー」
何やら始まってしまった。この話題を出したのは失敗だっただろうか。
「話を遮って悪いんだが、ベイラは何でここに閉じ込められているんだ?」
俺と同じで、兵に嘘をついたのか?いや、俺よりこの世界に詳しそうだし、それもないのだろう。盗賊の主人公に憧れたと言っているし、盗みか、あるいは。
「うーん。話せば長くなるんだけどね。とりあえず、そろそろここから出ようよ。話はそのあとということで」
そういうと、ベイラは露わになっている腰の後ろ辺りから何かを取り出し、カギをカチャカチャし始めた。
おいおい、漫画やアニメでみるこの光景、マジで出来るのかよ。
「ガチャッ」という音ともに、南京錠は下に落ち、静かな空間に音が響く。薄い藁が敷いてあるせいか、大きな音ではなかったが、この空間の中でははっきり聞こえた。
君も早く出たら?というような表情でこちらを見ているが、俺にはそんなスキルも力もない。
「あー、悪いんだけど俺、出られる力ないんだよね」
短い沈黙が訪れる。
「もう、ここまで来て冗談やめてよね」
転生者なんだから、当然そのぐらいの力はあるでしょ?とでも言いたいのだろう。半笑いで俺に促してくるが、すまん。マジなんだ。本当なんだ。冗談じゃないんだ。心の中で何回も念仏のように唱えた。
「え、まじ?」
固まったままのベイラ。うなづくしかできない俺。
再びこの空間に静寂が訪れるとは。いや、どこかで鳴く鳥の声は聞こえたのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「父上」
重い腰をやっとの思いで上げ、経団連と弟の待つ講堂に向かおうとする父を見て、思わず声をかける。
「ハンネスか」
気だるげそうな父はいつも通りである。
「父上、此度の近隣諸国との話し合い、私に一任頂けないでしょうか」
「ハンネス、お前には荷が重い。王子として書類関係の仕事を与えたはずだが?」
「あんな印鑑を押すだけの仕事、私でなくともできるはずです」
声を張り上げてしまうのは、何もこの1件だけではない。父上は、弟が頭角を現すようになってから、自分に厳しくなった。父上の優れた練土の能力、国の基盤を作り上げる知性。そのどちらも自分は有していなかった。一方で、弟は、能力こそないものの、知性を発揮し、国の発展に様々な形で貢献してきた。任された書類仕事の中には、弟が発案した許可制度の一部があるのは皮肉なものである。俺と弟で明確に差がわかったとき、父上は俺を国政から遠ざけた。父上はわかっていない。俺の才能を。人を動かすことができるのは自分であると。国政こそが俺の仕事であるべきなのだ。ましてや、俺は国王の一番の息子で王子なのだ。この国を次に治めるのは自分であるべきなのだ。しかし、俺に与えられる仕事は、誰にでも務まる書類整理という国務ばかりである。きっと俺の思いも、目の前にいる男には届いていないのだろう。
「ハンネス、お前はいつになったらわかってくれるのだ。王子としてこの城にいるだけでいいのだ」
いや、わかっていないのはこの男の方である。
片膝を地面に付け頭を垂れるハンネスをよそに、国王タツミ・アヤカワは去っていった。
父上が、認めてくださらないのなら、俺は、俺のやり方で認めさせるしかない。
「お呼びでしょうか、ハンネス様」
ハンネスが床を二回ノックするとともに、そこまでいなかった場所に、男は現れた。
「わかっているな」
「承知しております」
軽い言葉を交わし、男は何もなかったように消えていった。銀の髪色を後に残して。
「なぜこんなにも潤っている国で、通行税を上げようというのですか」
この会合の目的は、当然ヘイルス国が上げようとしている税によるものである。
「陛下がこの一帯の行商に貢献をされてきたことは、重々承知のつもりです。しかし、通行税を上げることは、経団連としては到底許せることではありません」
「この国が潤っていようが、潤っていなかろうが、とれるものはとる。それは商売というものじゃないかね」
調べはついてある。この経団連の3人とも、近隣諸国の出身である。右側に座るナムバ・スーロンはドリス帝国」、真ん中と左側に座るミス・フラグラスとフリューインはヘーゲル共和国の出だ。経団連とは、名ばかりで結局のところ、国内情勢がよくない国が身を守るために作ったいわば、対宇ヘイルス王国への使節団だ。
俺にも、この国を守るという責任がある。富はいくらあっても、困ることはない。
「それでは、他の国がもちません。国王陛下は、よその国がどうなってもいいというのですか」
ここでいうよその国とは、近隣諸国なのだろう。
「近隣諸国が困るというのであれば、ヘイルスを通らなければいいだけの話」
「そんなものは詭弁です。ヘイルスはすでに、商業の中心。近隣諸国の行商人たちは、ここを通らねば商業ができないのです」
「それでつぶれてしまうのであれば、それは行商人の責任であり、国民が立ち行かなくなるのであれば、その国の責任である。いやなら、経済を作ればいい。自分たちの国力の無さを、我々ヘイルス王国に押し付けるべきではない」
話し合いは平行線をたどる。
「このままでは、お互いに結論は出ないでしょう」
これまでの会話を、国王の横で静観していた男が話し合いに加わる。
「ルシウス第二王子…」
「ルシウス…お前には解決策があるというのかね」
「解決策というほどのものはございません、通行許可証を販売するというのはどうでしょうか」
「それでは、今とあまり変わりませぬ」
「今みたいな、数回の許可証ではなく、1季節単位での更新が必要なものであればどうでしょうか?何回もこの国に入る行商人であれ場、通行税を何回も払うより許可証を買うことで、払う税を少なくすることができると思いませんか?この国としても、今よりも税収は増えますし、近隣の行商人も通行税を気にしなくていい」
「な、なるほど」
「どうやら、このあたりが話の落としどころのようですな」
ヘイルスとしても税収は増えるし、経団連、もとい近隣諸国が騒ぐのをやめるなら十分である。
会合が終わり、使節団の帰りを見守る中で、改めて自分の息子、ルシウス・アヤカワに感心する。長男の手腕の無さにはがっかりしたこともあるが、その弟がこれだけ才能が有れば、ヘイルスもしばらくは安泰であろう。
近頃、王位を引き渡そうと考えていたタツミは、息子の活躍を喜んだ。
「どうやら、第二王子が近隣諸国との緊張を緩和したらしい」
「また、ルシウス第二王子か」
ルシウス・アヤカワの提案は、近隣諸国との関係を壊さず、ヘイルスにも不利をもたらさないとして、瞬く間に国中に広まった。
「ルシウス第二王子は、国王にも引けを取らない知性の持ち主だ。それに比べ…」
「やめとけよ。どこで聞いているかわからないだろ」
「耳だけは優秀ってか」
笑い声が響く場内で、弟の活躍に納得のいかない男、ハンネス・バーナインは一つの決断に迫られていた。
次の更新は11日の夕方ごろを予定しております。
しばらくヘイルス王国について続きますが、しばしおつきあいください。




