シル・アル・ベイラ
辺りは静まり、兵士たちが入れ替わりで入る集会所は、ヘイルス王国の王都、壁前の2段構えとなっている。壁前にあるものが、新兵や経験が浅い者が常駐する。王都にあるものは、兵士として経験が積んできたものが常駐しており、さらに兵士としての位が上がると、城騎士となる。兵士の多くが、集会所止まりの者が多く、王城で働くということは、兵士としての誇りであり、憧れである。
達成とベイラは、新兵の多い集会所にて、双剣を奪還するために付近まで場所を移していた。
「ほんとに大丈夫なんだろうな?」
達成のいう大丈夫とは、ここに双剣があるのかと、それを奪還できるのかという2つの意味でのことである。
「ここになかったら私もお手上げだよ」
(おいおい、話しが違うじゃねーか)
双剣を取り戻すために雨の夜の中、わざわざ場所を移し、脱走したことがばれる可能性があるにも関わらず、ベイラの様子は緊張感を感じられない。
「作戦は、達成が集会所の、前にいって騒いでいる隙に、私が集会所内に侵入して、双剣を取り戻す、これでいいね」
まるで、先ほどまで打ち合わせをして決まったかのような口ぶりだが、達成は初耳であった。
「聞いてねーよそんなこと。第一、俺がおとり役じゃねーか」
「まぁ、そうともいうね」
笑顔で、答えるベイラとは対照的に、戦場に無策で突っ込まされるような達成は、気が気じゃない。
「俺は何も出来ねーんだぞ」
「頑張ってよ、男でしょ」
今の時代、現世でこのような発言をすると批判待ったなしだ。しかし、そういわれて、かっこつけようとする男がいるのも事実だ。何を隠そう、達成自身もベイラにそう言われ、批判どころか言葉が出てこなかった。
「かっこいいところ、見せてよ」
ベイラの2撃目が、達成の心に深く刺さりこむ。かわいいのを自覚しているのか、天然でそれを言っているのか、達成には理解できなかったが、童貞の心を動かすには十分だった。
(クッソ、女耐性ゼロの俺に、そんなこと言ってくるなよ。まぁ、確かにうれしくないわけじゃないが。むしろ、ドキドキしたが。はぁ、やるしかないか)
「あぁ、もうやってやるよ。やればいいんだろ」
「そうそう、その心意気だよ」
何の策も持たないが、あとはベイラが何とかしてくれるだろう、そんな期待を持つことでネガティブな感情を持たないようにした。
じゃあ行くぜ、そう言い残し集会所まで走る。降りしきる雨の中、水たまりを駆け抜けていく音が増えるとともに緊張はなくなっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
緊張する場面であるはずなのに、それをわかっているはずなのに、シル・アル・ベイラはそれを楽しんでいた。男経験などない。彼と接するときに、時々いやらしい視線を感じていたが、それが新鮮で嫌な気持ちにはならなかった。
シル・アル・ベイラ、もとい米良 知歌19歳。それが彼女が現世での名と余命であった。
もとから、病弱な体質であった私は、13歳で長期の入院を繰り返した。治ったと思った病気は再発し、病院での生活が私にとっての日常であった。病院の窓から散る桜、それをはしゃぎながら駆け抜ける歳下の子供たちをみて、いつもうらやましかった。自分が病弱でなければ、今頃公園を友人たちと駆け回っていただろうか、部活にいそしみ、喜怒哀楽を浮かべていただろうか。そんな想像が何回も頭の中をよぎった。
そんな私を見て、父がゲームを買ってきてくれた。最初はドラ〇ンクエス〇で、明らかに父の好みだったが、それが楽しかった。ゲームばかりはよくないと、今度は母が本を買ってきてくれた。「今の子たちは、こういう本を読むらしいのよ」とライトノベルというものをくれた。冒険的なものから、青春チックなものまで。母は今の世代のことをわからないなりにも、私が退院した時に流行りについていけるようにと気を使ってくれた。そんな父の不器用さが、母の暖かさがうれしかった。
しかし、現実とは残酷なものである。とうとう私の病気は治ってくれなかった。19歳の夏、お医者さんから言われたのは、私に対する宣告であった。泣き出す母と、それを我慢する父に申し訳なさでいっぱいであった。私が生まれていなければ、私が病弱じゃなければ、これから死にゆく私に父と母は大事な時間とお金を消費しなくて済んだのに、そういう気持ちが離れなかった。
秋になり、あと一か月かというところで、私は外に出ることを許された。もう、何をしてもダメなのだろうとその時に悟った。長時間立つのもしんどい中、母は車いすを押してくれた。
「ごめんね」
こんな私じゃなければ、そんな罪悪感をとうとう母に告げた。自分の残りも少ない。ここまで看病してくれた両親に少しでも謝りたかった。母と父は、何に対して言われたのかわからない表情であったが、意味に気が付くと2人して笑っていた。
「生まれてきてくれて、米良家になってくれてありがとうね」
思いもしなかった両親からの回答になぜか、目の奥が熱くなって、雫が顔を伝っていったことを感じた。不自由で、元気もなく、母と父に成長した姿も何も見せられない私を、両親は誰よりも愛してくれたのだろう。
12月3日。次の人生があるとしたら、こんな両親のもとに生まれたい。生まれ変わって、両親に怒られて、褒められて、悲しませて、嬉しがらせて、そんな私も見せたい。ベットの横の心電図はもう気にならなくなっていた。今年は、初雪が降るのは、12月の第2週目と言われていたが、窓の外には白い桜が舞っていた。
ありがとう
この世界でやりたかったことはたくさんあるが、やり残したことはない。そんな気持ちで世界から去った私に、「神」は二度目の人生を与えてくれた。
私には、今いる世界が新鮮で仕方がない。不自由なく動くことができ、本の中で読んだやり取りが、ゲームの中の世界が目の前を流れて行って楽しくて仕方がないのだ。彼の仕草、言葉が私の心を動かす。この世界に来て、3年間ずっと一人だった。一人でも十分に楽しかったのに、彼と出会ってからのたった1日。1分1秒が待ち遠しい。
集会所の間で、銃を構える彼を見て、笑いがこみあげてくる。何も策はないといったが、わざわざ銃なんて向けたら囲まれるにきまっている。私は、騒いできてとしか言っていないのに、彼のまるで自殺をしに行くかのような行動が面白可笑しい。そんな彼の頑張りも無駄にはできない。
ベイラは、盗賊のパッシブスキル「抜き足」を使い、水たまりの中を無音で駆け抜ける。達成に集中している兵士たちは右後方から近づく存在に気づいていない。
「武器を捨てろ」
兵士たちの怒号が響く中、集会所内部に入るが、ぱっと見の場所にはおかれていない。ここでもベイラは、パッシブスキル「宝探し」発動し、瞬時に意図した宝の場所を感知する。ここでいう、宝とは、双剣のことである。
「あった」
双剣は、集会所2階、金庫室に保管されていた。というよりも、無造作に置かれていたといった方が適切であろう。ベイラの持つ双剣「カムラ」は、この世界の住人にとっても上物であることに間違いはないが、新兵にはそれがわからなかった。ゆえに、雑に放置されていたのであった。
金庫室の窓からは、タツナリが囲まれているのが確認できた。彼は、たった一日しか一緒にいな私を信じてくれたのだろうか。表情は、今にも泣きそうである。
「ほんと、おもしろいんだから」
窓から飛び降り、達成のいる方向へ目くらましの魔法を発動する。目くらましの多くは、幻術や見えにくくするものが多いが、ベイラが唱えた魔法は、その逆であり周囲に光を放って視界を奪うものであった。突如暗闇の中で見えた光に、兵士たちはまぶしさのあまり目を開けることが困難となった。
「ほらいくよ」
2人を追いかけてくる足音はほどなくして姿をなくした。
「もう終わったかと終わったぜ」
「あはは」
心臓の鼓動が大きく感じるのは、走った息切れるよるものなのか、彼といるからなのか、それはまだわからない。でも彼ともっと冒険をしたい。彼と一緒にこの世界を知って、時間をわかちあいたい、そんな思いがベイラを満たしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
近隣諸国、特に帝国と共和国からの反感を買い、戦争準備が着々と進んでいるということに気が付いていない、ヘイルスの王、タツミ・アヤカワはいつものように起床した。カーテンを開け、窓の外を見るが、薄暗い空が広がっている。昨日の夜から降り出した雨は、まだ小雨を伴っていた。灰色の雲が遠くまで続いていることを見るともうしばらく続くのだろう。
ヘイルスに雨が降るのは1か月に1回あるかないか程度であり、片頭痛を持つタツミにとってうれしいものではなかった。
「失礼します旦那様、朝食のご準備が出来ました」
いつも通りの時間に声をかけに来るメイド。
普段と違うことと言えば、部屋を出たところで待機しているはずのラーバインがいないことであった。ここ最近、3日に1回来ていた経団連の連中が、先日の話合いで意見がまとまったことによって、来なくなり、ラーバインもわざわざ報告する必要がなくなったのだろうと自分の中で解決をした。
「お父様、おはようございます」
「あぁ」
第二王子、ルシウス・アヤカワは先に朝食をとっていた。普段から、ルシウスは朝が早い。朝日が完全に上るまで寝ていたタツミとは正反対である。出来のいい息子と感じる一方で、本当に自分の息子かとタツミは時々感じていた。
「ハンネスはまだ来ていないのかね?」
「そういえば、昨日の昼頃から兄上は見ていませんね」
普段いるはずのラーバインと、ハンネスがいない。タツミは少しの違和感を覚えていたが、大したことではないと理由を探ろうとはしなかった。
「しかし、兄がいないともなると、帝国と共和国が納得してくれたかまだ分かりませんね」
ルシウスが言っているのは、先日の話し合いの結果である。経団連の3人としては、納得した様子だったが、「国」としてまだ返事をもらっていない状況だった。そういった文書は、国務として書類仕事を任されているハンネスのところに届くようになっている。タツミとしては、ハンネスに文書を読ませることで、考える力を育て、広く周りを見渡せるようになって欲しいという狙いがあったが、本人にはその思いが届いていないようだ。
「困ったものだ」
ルシウスとの会話を終え、朝食を食べたタツミは、片頭痛の影響もあり、この日は書斎のこもることにした。
翌日、強い前と風の音に目を覚ましたタツミは、相変わらず片頭痛に悩まされていた。現世とは異なり、けがは治癒魔法で治せ、風は薬草で治せるというのに、持病に効く薬は存在しない。唯一の痛み止めとして、現世で薬物の一種とされた植物から抽出したエキスしかなかった。
「皮肉なものよ」
いつもより早く部屋を出るが、相変わらずラーバインの姿はない。昼までに、ルシウスには会うものの、ハンネスに会わないことにタツミもいよいよ不信感を持つ。ハンネスが、どこかに行っていることが問題なのではなく、その行方を誰も知らないのが問題なのである。城中の騎士、メイド、執事までもがハンネスの行方についてわからない状況だった。それと同時に、総隊長バーナインの行方も知らずということが明らかになった。この二人が親密にやり取りをしている様子を見たことがないタツミは、同じ理由でいないのかどうかさえも検討が付かない。妙な胸騒ぎがしたところで、城中がやけに騒がしく感じる。下の階まで降りると、その原因が分かった。隊員たちが右往左往に走り、何やら忙しそうに準備をしている最中であった。
「どうしたのかね」
大規模な訓練をするとは聞いていない。タツミは、走っている一人に声をかける。
「こ、国王陛下」
普段、国王が直々に現場の隊員に話しかけるということはない。それ故に隊員は驚いてしまったが、続けて答える。
「それが、帝国と共和国が国境沿いにてフル装備で待ち構えておりまして、もしかしたら衝突になるのではないか」
なぜ?それがタツミの第一感であった。先日の交渉は悪くないようにまとまったし、仮にそれに納得していなかったとしても、両国からなんの返事も来ていない。国同士の争いごとでは、戦争になった場合は、書面で何日の何時から行うと敵国に通達するのが最低限のマナーである。書類仕事は、ハンネスに任せている。流れとして場、受け取った者がハンネスの書斎に持っていき、不在にしている場合は、ルシウスのもとに行くようになっている。それを踏まえ、タツミは知らせは届いていないと判断した。しかし、それは正確には違っていた。実際は、城に届くはずの書類を、城に届く前に行方が分からないとされたハンネスがすべて受け取っていた。その事実をタツミが知る手段はない。
ヘイルス城5階には、王国中を見渡せる広場がある。その先の帝国、共和国との国境沿いを遠くに確認することが出来る。タツミは、広場から見渡し、確かに囲まれていることを確認した。
「一体何が起こっているというのだ」
ハンネス、バーナインの不在と同時に2カ国にせめられそうな状況にタツミは頭の理解が追いつかない。仮に攻められたとしても、タツミは練土の力がある。前線に立てば負けるはずはないという自負もあるが、全盛期と比べ老いが始まり、今や一国の王である。前線に出られるはずがない。
判断しかねているうちに、国境沿いから大きな音が鳴る。それは、戦争開始の合図であった。もう既に引き返せないところまで来ていた。知らぬうちに。
「国王陛下、一体何が起きているのですか」
「ルシウスか。ワシにも分からぬ」
大きな音がしてただ事じゃないと、書斎にこもっていたルシウスが来た時には、既に事は進んでいる。何事かも分からない。原因も、対処も。それでも、これからの判断を早急に二人でしていかなければならない。王なのだから。王子なのだから。そんな覚悟ができ始めた時、2人の背後から足音が聞こえた。それは、王にとって聞き馴染みのある、コツコツとした音に、剣が振動で奏でる小さな金属音のようなものであった。
「バーナイン…」
ジョネス・バーナインは確かに2人の元へ来た。普段見せたことないような笑みを浮かべて。
更新が遅くなってすみません。
王国編もそろそろ終盤となります。次回の更新は18日になりそうです。次回も読んでいただけると励みになります。
よろしくお願いします。




