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怪異予知レストラン 〜ギャルソン「橘」が恐怖体験を予知したメニューをお出しするレストランへようこそ〜  作者: 路明(ロア)


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Menu8:仔羊の燻製肉のスモークインフュージョン カシスとバルサミコのベリーソース


 ヨーロッパのビストロという感じなんだろうか。


 見附 直人(みつけ なおと)は、美形のギャルソンに案内された店を見まわした。

 ライトを落とした店内。カウンターテーブルと、そのうしろのボトルラックにならべられたおしゃれな酒の(びん)

 テーブルは三台。

 いまのところ、ほかに客はいない。

 かくれ家的なお店という感じだ。


「へえー、これから開店すんの? いつから?」


 直人(なおと)は問うた。

 黒ぶちのメガネをクセでクッと上げる。

 

「どうぞ。そちらのお席へ」


 ギャルソンがテーブル席のうちの一つを勧める。

 しぐさのきれいな美形さんだ。アルバイトで食ってる男性モデルか何かだろうかと直人は思った。

 胸元のネームプレートには「(たちばな)」と表記されている。

 橘さんか。

 そのうちもし有名になったら、下積み時代に見たことあるよなんて話のタネになるだろうか。

 そんなことを考える。



「ほんとに無料? 逆にぼったくられたりしないよね?」



 勧められた席につきながら、直人は口元をゆがめた。

 そう思うのならついて来なければいいのにと自分で思う。

 

 会社帰りに、駅へと行く道でこのギャルソンに声をかけられた。


 ちょうど夕飯をどこで食べるかと考えていたところなので、食欲にあやつられるようにのこのこついてきてしまったが。


「変なことあったら、うちの会社の法務部が黙ってないからね」


 そう強めの口調で言ってみる。

 法務部が一社員の業務外の問題にまで対応してくれるとは思えないが、いちおう脅しをかけておく。

「ご安心ください。お代はいっさいいただきません。試作料理ですから」

 ギャルソンがにっこりと笑う。

「そうか……」

 そう返事をしながら、直人はさり気なくカバンからスマホを取りだしスーツのポケットに入れた。

 店を出るまで信用はしきれない。


 もしぼったくりに遭ったらどうすればいいんだっけ。


 とりあえず言われた金額を払って「領収書ください」と言うといいとか聞いたことがあるけどほんとうだろうか。

 「税務署に提出するので」というと相手は脱税がバレるからあわてるとか何とか。

 あとはクレカで払ってカード会社にチャージバックを相談するとか。

 


 警察を呼ぶのがいちばんだろうと思うが、さいきんの警察って駆けつけるのが遅い上に、どことつながってるか怪しいもんだしなと思う。



 ギャルソンがカウンターテーブルのはしのほうを拭いている。


 直前までほかの客がいたんだろうか。


 淡々と仕事をするうしろ姿を見て、直人はさいきん会社に来なくなったフリーターの青年を思いだした。

「ギャルソンさ……橘さん」

 直人は話しかけた。

 ギャルソンが手を止めてこちらを見る。


「いや仕事しながらでいいけど。――ギャルソンさん、Z世代とかいわれてるあたりの年齢? そのへんの人らってどう? 職場なんていきなり放棄してもオッケーなものって感覚?」


 何を聞かれているのかというふうに、ギャルソンが瞳の真っ黒い目をわずかに見開く。



「いやうちの二十代前半の──二十三歳だったかな? フリーターの子いたんだけどさ、ある日いきなり会社に来なくなっちゃって」



 直人はそう語った。

 朝イチでたのみたい仕事があった日だったので、二週間ほど経ったいまでも彼のいいかげんさにイライラする。

 一生懸命でまじめな子だと思っていたのに、しょせんそういう世代の子かとあきれた。


「いきなりいなくなる理由が分かんないんだよね、トラブルとかべつになかったし、いまどき怒鳴りつけるなんてしないし――一人暮らしだからスマホにかけても代わりに出てくれる家族いないし、会社も実家の連絡先までは聞いてなくて。まあ解雇ってことになるんだろうけど」


 ギャルソンが、ふたたびカウンターテーブルを拭きはじめる。



「僕たちもゆとりとか言われてさんざん常識ないだの使えないだの言われてたけどさ、Z世代ってその僕らでさえとまどうレベルっていうか」


 ギャルソンが、スッと顔を上げて厨房のほうを見る。

「失礼します。料理をお持ちいたします」

 軽く会釈をして厨房のほうに消える。


 Z世代でしょとか言っておいてZ世代の悪口はまずかったか。

 気づいて目を泳がせる。


 間を置かず、ギャルソンが銀色のトレーを格好よく持ち厨房から出てきた。



「おまたせいたしました。仔羊の燻製(くんせい)肉のスモークインフュージョン、カシスとバルサミコのベリーソースでございます」



 ガラスドームのかぶせられた皿とソースのうつわを直人のまえに置く。

 ドームのなかは煙が充満していて料理はまったく見えない。


「桜のチップでいぶした濃厚な香りをドームの中に閉じこめております」

「へえ……桜」


 直人は復唱した。

 会社のまえにある桜も二週間ほどまえまで咲いていたなと思いいたる。

 

「香りとともに閉じこめました仔羊の燻製肉をお楽しみください」

 ギャルソンがガラスのフタを開ける。

 ふわりと白い煙が立ち、直人の肩にからみつくようにただよった。

 スーツにつきそうだなと思うが、いい香りなのでまあいいかと思う。


 煙が晴れると、香ばしい燻製肉が皿の上にあらわれた。

 ギャルソンがソースをスプーンですくい上げ、黒っぽい赤紫色のソースを燻製肉にかける。

「どうぞ。お召し上がりください」

 そう告げて微笑した。


 



 一晩たっても、きのうの桜のチップの煙の匂いがどこかについている気がする。


 スーツは当然きのうとは違うものを着ているが、帰宅後に入浴したのに髪にまだ桜の香りがついている気がする。


 まあ、変な匂いじゃないからいいけど。

 直人は朝ととのえた髪を指先で軽くさわった。


 社屋の奥まったところにあるエレベーター。

 エントランスから遠い場所にあるためふだんは誰も使わず、たまに荷物運搬用に使われるくらいだ。

 


 急ぎで倉庫に在庫確認にいくため、直人はあえてこのエレベーターに乗った。

 途中で停められる可能性がきわめて少ないのでイライラせずに済みそうだ。



 一階を押し、下降するさいに感じる浮遊感を覚えながら無機質なドアのまえに立つ。

 開いたらすぐに駆けだしたいので、早く開けとばかりにドアをにらみつける。


 

 ドアが、わずかに開いた。



 一階かと思い飛びだそうとしたが、到着を知らせるチャイムが聞こえなかったことに気づく。

 階数の表示を見ると、まだ四階だ。

 どういうことだと眉をひそめてドアの開いた部分を見る。

  

 とたんにドアのすき間からまっしろい煙が流れこんだ。


「なん……火事? 火事か?!」

 直人は口をふさぎ、緊急時の非常ボタンを押した。

 ガタッと金属がこすれるような音がして、乗っていたカゴがかたむく。

「ちょっと、おい!」

 動揺してなんども非常ボタンを押した。


 ほどなくして高齢のビル管理スタッフが駆けつけ、おくれてエレベーターの保守会社のスタッフが駆けつける。

 すき間だけ開いたドアがこじ開けられ、直人は救出された。


「だいじょうぶですか?」


 腕を引いてくれた保守会社のスタッフにうなずきを返す。

 とくにケガはないし、閉じ込められたのは数十分というところだろうか。

 ふぅ、と息をつく。


 カゴを吊っていたワイヤーのうちの一本が切れ、四階と三階の途中で止まってしまったらしい。

 もよりの場所にいた社員も何人か駆けつけていたのを目にして、気恥ずかしくなる。

 保守会社のスタッフが、ワイヤーのあるあたりを見上げたあと床に手をつきカゴの下のほうの昇降路をのぞいた。

 怪訝(けげん)な顔をする。



「……何ですかね、あれ。故障とは直接の関係はないと思いますけど」



 作業着のファスナーを開けて懐中電灯をとりだす。下を照らした。

 直人も何となくいっしょにのぞきこむ。



 桜の香りがただよった。



「死体……え? 違いますよね?!」

 保守会社のスタッフがつぶやく。


 昇降路のはるか下に横たわっていたのは、ミイラ化したと思われる遺体だった。

 ちょうど桜の咲いていたころにいなくなったアルバイトの子がよく着ていた黒いTシャツ。


 周辺が黒ずんでいるのは、下に叩きつけられたときに流血した跡だろうか。


「カゴが止まったとこに踏み出して、落ちたとかじゃないんですか?!」

 高齢のビル管理スタッフが声を上げる。


 駆けつけていた社員たちがざわついた。


 

 桜の香りがする煙が晴れて、やっと見えた遺体。

 赤黒いソースをかけられた燻製肉を直人は連想した。




 終





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