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怪異予知レストラン 〜ギャルソン「橘」が恐怖体験を予知したメニューをお出しするレストランへようこそ〜  作者: 路明(ロア)


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12/15

Menu12:黒のとばりと赤いぬばたま 〜イカ墨パスタのペスカトーレ 完熟トマトのしずくを添えて〜

 丹羽 功平(にわ こうへい)は、カウンター席で店内の様子を見まわした。

 照明を落とした店のなかは、ほどよく暗い。

 カウンターの天井からペンダントライトがいくつも吊り下げられ、ノスタルジックなオレンジ色のあかりが手もとを照らす。


 昭和レトロふうのバーという感じだろうか。


 小さいころおやじに連れて行かれて、店内に流れるジャズらしきものを聞きながらオレンジジュースを飲んでいたのを思いだす。


 功平(こうへい)は、さきほど付け合わせの飲みものとしてギャルソンが置いていったハイボールを口にした。

 

 

 銀行のATMに寄って少しまとまった金を下ろし、繁華街のどこかの店で遊ぼうかと思いながら銀行を出たところ、「(たちばな)」というネームプレートを胸につけたギャルソン姿の男に声をかけられた。



 無料の試作料理を食べないかと誘われた。


 いまのところは無料という言葉にいちいち飛びつくほど金に困ってなかったが、「シェフの試作料理」というものも、よく聞くようで遭遇したことはない。

 いったいどんなものを出されるのかと好奇心でついてきた。





 厨房につづくと思われるドアのガラス窓からは、大きなナベを上下しているかなり大柄な影が見える。


 あれがシェフだろうか。

 体、大きすぎないか。功平は眉をひそめた。

 ちょっとした怪獣くらいないかと思うが、まああかりの角度のせいなのだろう。

 パタン、とドアが開け閉めされる音がして、功平をここに誘ったギャルソンが姿をあらわす。

 スラッとしたモデルみたいな兄ちゃんだなと思う。

 あの容姿だから客引きもやらされてるんだろうか。


 

「おまたせいたしました。本日の試作メニュー、漆黒のとばりと赤いぬばたま 〜イカ墨パスタのペスカトーレ、完熟トマトのしずくを添えて〜をお持ちしてもよろしいでしょうか」



 ギャルソンがスラスラとメニュー名を読み上げる。

 折り目正しいしぐさで礼をした。

「ああ、いいよ。待たされてもオッケーだよ。べつに時間あるし」

 功平はヒラヒラと手をふった。

 

「仕事やめて、いま家賃収入だけなの、俺」

 そう告げてニッと笑う。


「嫁が去年死んでさあ、保険金がっぽり入ったんだよね」

「それは……」

 ギャルソンがうすい唇を開く。

「おくやみ申し上げ……」



「申し上げなくていいのー。もう結婚したのめっちゃくちゃ後悔してたしさあー。独身で金持ってるってのがやっぱ、いちばんいいわー」



 功平は声を上げた。

 ハイボールがもう回ってきたのだろうか。気が大きくなっているのが自分でも分かる。

 ただでさえ妻が死亡してから、毎日上機嫌なのだ。

「いや俺もさあ、あんなうまくいくとは」

 そう言いかけてから口をつぐむ。

 黙って話を聞いているギャルソンのほうに向き直った。


「……ああ、持ってきていいよ、料理。おっさんの話とか、おもしろくないよね」

 ぱたぱたと手をふって苦笑いを向ける。



「かしこまりました。本日の試作メニュー漆黒のとばりと赤いぬばたま 〜イカ墨パスタのペスカトーレ、完熟トマトのしずくを添えて〜をお持ちいたします」



 ギャルソンがふたたび礼をして、きびすを返し厨房のほうに消える。

 こういうところの接客係って、守秘義務とかあったっけ。あっぶねえと功平は思った。


 まあ、なにか言いふらされたところで罪に問えるわけはないのだが。



 厨房のドアが開き、ギャルソンが銀のトレーを持ってふたたび姿をあらわす。

 功平のまえにイカやエビの入った漆黒のパスタの皿を静かに置いた。

 パスタの上には、みずみずしい完熟トマトがななめに流すようにトッピングされている。

「ああイカ墨のスパゲティ? 昭和か平成のはじめだっけ? 流行(はや)ったよね。食べた、食べた」

 功平はそう応じた。

 ギャルソンが微笑する。



「漆黒のとばりと赤いぬばたま 〜イカ墨パスタのペスカトーレ、完熟トマトのしずくを添えて〜でございます。ごゆっくりどうぞ」


 

 


 

 試作料理というからもうちょっと変わったものを出されるのかと思ったが、知ってる料理だったのは拍子抜けだったなと功平は思った。


 レストランを出て、繁華街に向かう。


 繁華街の入口にある鏡面ステンレスの壁のテナントビル。その横の一角。

 ここには数年前に一時期だけ花が添えられていた。


 結婚詐欺にあった若い女性が横の大通りからつっこんできた大型車にはねられて死亡したのだが、運転手も周囲の目撃者の何人かも「女性のほうがつっこんできた」と証言した。

 

 けっきょく痕跡からはどちらとも判断がつかないこと、大型車のほうもいずれにしろ危険な運転をしていたということで過失致死になったらしいが。



 少し時期がたつと、ここはちょっとした都市伝説の場になった。



 ここで死亡した女性が、しあわせそうな人を(うらや)んで呪い殺しに出てくると。

 とくにしあわせそうな夫婦やカップルがヤバい。



 功平は、ためしにあるとき営業帰りにここを通ったさいこう念じてみた。



 どうか俺の最愛の嫁だけは殺さないでくれ。

 俺は嫁にだけは長生きしてほしい。あいつをものすごく愛してるんだ、幽霊さんどうか殺さないでくれ。



 信じてはいなかったが、事前に嫁には高額の生命保険をかけておいた。


 掛金が高いので、もちろん失敗したらすぐに解約するつもりでいた。

 保健会社につとめる友人のノルマに協力してやるというかたちだったので、まあ一ヵ月分くらいは交際費とでも思えばいいかという感じで。



 三日後、嫁はここの近くの駅に買いものにきて交通事故で死んだ。



「いや俺もさあ、あんなうまくいくとは」


 テナントビルの鏡面ステンレスの壁に自身を映して、功平はクククククッと笑った。

 もともと幽霊というものもあまり信じてなかったが、ぐうぜんでもかなりありがたい。

「いやもう、いますごくハッピー。嫁の保健金と相手側からの慰謝料やらで、会社辞めて悠々自適。毎日遊んじゃってるもんねえ」

 大声で笑いだしたいのをおさえて、クククククッと笑いつづける。

「あー、こんなしあわせでいいのかなってくらい……」


 ふと鏡面ステンレスに映った自身の姿を見る。



 頭の上に、さきほどレストランで出されたイカ墨パスタのようなものが乗っている。



「は?」

 何だこれと頭に手をやる。


 長い黒髪のようだ。


 引っぱると、白地に薄赤のもようのシュシュがボトッと落ちてくる。イカ墨パスタに入っていたイカリングやエビを思いだした。


 手を離そうとしたが、そのまえに長い黒髪のあいだからドボドボと血のかたまりが流れる。


 まるでイカ墨パスタにかけられていた完熟トマトのように。

 自身の頭から身につけたジャンパーの身ごろの部分にまでドボドボと血のかたまりと内臓のようなものが流れているのが鏡面ステンレスの壁に映り、功平は目を見開いた。


「……何だこれ」


 だれかに助けを求めようかと思ったが、繁華街を行く人々は何もおかしな顔をしていない。

 錯覚なのか。


 イカ墨パスタのような黒髪のあいだから白い女の顔がニュッとあらわれ、功平の肩に(あご)()いよった。


「あんたさあ……しあわせそうだね」


 女が青い唇を開く。

「ひっ……」

 功平は青ざめた。

 ここの幽霊か。まじか。

「や、ぜんぜん……」

 頬を引きつらせてそう返す。



「しあわせなやつは死んじゃえ」



 ひくい、怨みがましい声が頭のなかに響く。

「うっ……くそ」

 功平は必死でふりほどいた。

「消えろ! 気味(わり)いんだよ、クソ幽霊!」

 がむしゃらに腕をふりまわし、その場から離れて駆けだす。

 周囲を歩く人々の何人かが、こちらを見て固まったのが目に入った。


「あ……」

 つい横の大通りのほうに飛びだしていたのに気づく。

 目のまえに、大型車のバンパーが迫っていた。




 終





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