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怪異予知レストラン 〜ギャルソン「橘」が恐怖体験を予知したメニューをお出しするレストランへようこそ〜  作者: 路明(ロア)


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Menu11:陽光の蔦ジェノベーゼ ~漆黒のウッドプレートの静寂にさすバジルの息吹~

 会社の帰り道。

 碧川 菜月(みどりかわ なつき)は、会社近くのスーパー横の生活道路を通り病院へと向かっていた。

 数日前から、ちょっとしためまいの症状があった。

 生活や仕事に支障があるほどではなかったが、予約もすぐに取れたしいちど診てもらおうと思った。

 

 生活道路沿いの一角に、古い木造の廃屋がある。


 この近辺はなんどか通ったことがあるので、以前から知っていた。

 いまごろの季節になると、ツタの葉がびっしりとおおって全体が緑色になってしまう。

 なかなか壮観という見方もできるが、かなり古い建物のようなので持ち主や管理する人自体がどうなっているのか。


 バッグからスマホを取りだして時刻を見る。


 予約までまだ時間があるけど、何してようか。

 せっかくスーパーの横なので夕飯の買いものをしたいが、荷物を持って病院に行くのイヤだし。


 

「もしよろしければ。無料ですので」



 横からチラシを手渡される。

「え……はい」

 菜月は思わずチラシを受けとった。

 書かれていたレストランはまったく知らないところだったが、場所はこのすぐ近くのようだ。

「……無料?」

「試作料理ですのでお代はいっさいいただきません」

 チラシを渡した男性がにっこりと笑う。

 顔立ちの整ったギャルソン姿の男性だ。胸元に「(たちばな)」と表記された小さなネームプレートをつけている。


「ああ、分かった。オープンまえの宣伝っていうか?」

 

 菜月(なつき)はそう問うた。

 ほとんどが身内か友人と連れ立って来てくれる、そして高い確率で店のことを人に話して広めてくれる、そういった理由で店や企業が女性だけを無料や割り引きにすることは多い。

 ともかく女性に来てもらえば宣伝効果があるからだ。

 こういったチラシはよく渡される。


 菜月はもういちどスマホを取りだして時刻を見た。

 病院の予約の時間まではまだ一時間近くある。たぶん軽食とジュースくらいだろうけど、時間をつぶすにはちょうどいい。



「いまからっていうか一人でもだいじょうぶですか?」

「まったくかまいません。ご案内いたします」



 ギャルソン姿の男性が、胸に手をあてて折り目正しく礼をする。


 格好いいなと菜月は思った。

 アルバイトなのか正社員なのか知らないけど、こんな郊外のお店じゃなくてもっと繁華街のほうのお店のほうが映えそうだけどと思った。


 


 

 通された店は、昭和レトロのカフェという感じのところだった。

 

 がっしりとして複雑な装飾のついたイスと、やはりがっしりとした造りの脚に大理石の天板がついたテーブル席が四つほど。

 テーブルうしろの壁に昭和っぽいやぼったい感じのもようが描かれ、なつかしいようないい雰囲気だ。

 店内は照明を落としていたが、高い天井からは色ガラスの傘のついたアンティークのライトがつるされ、ほどよい感じに各テーブルを照らしている。

 

 なんどか通ったことのある生活道路の一角にこんなお店があったとは知らなかった。

 オープンまえだから気がつかなかっただけだろうか。

「へえ……」

 菜月は店内を見まわした。


 ほかの客はいない。


 一人で来たのちょっと悪かったかなと思った。

 お店としては会社の友人くらい呼んでほしかっただろうか。

 

「どうぞこちらへ」


 カラフルな色ガラスをはめた窓ぎわの席に案内される。

 菜月が席に着くと、ギャルソンはふたたびスッと格好よく礼をした。

 


「本日のメニューは、 陽光の蔦ジェノベーゼ ~漆黒のウッドプレートの静寂にさすバジルの息吹~となっております。おもなアレルギー物質は乳成分、松の実となっておりますが、ご心配なものはございますでしょうか」



「えと、とくにないです」

「つけ合わせのお飲みものは辛口の白ワインか白ビール、またはレモネードをご用意しておりますが」

「えと……それも無料ですか?」

 菜月は尋ねた。

 まさか料理は無料でも飲みものは五万円とか。こんな郊外でまさか。

「つけ合わせですので、こちらも無料でございます」

 ギャルソンがにっこりと笑う。

 なんかちょっと恥ずかしくなった。


「じゃあレモネードを」

「かしこまりました」


 ギャルソンがふかぶかとおじぎをする。

 スッと顔を上げると、きびすを返して厨房につづくと思われるドアへと消え、すぐに銀のトレーを持ってあらわれた。



 菜月のすわった席に、レトロなグラスに入ったレモネードをコトリと置く。

 つづけて黒い木目調プレートに盛られた濃いグリーンのパスタを置いた。



 バジルのさわやかな香りと、チーズの濃厚な匂いがただよう。



「え……すごい。ちゃんとした料理。ほんと無料でいいんですか?」

 菜月は目をまるくした。

「ごゆっくりどうぞ」

 ギャルソンが、そう告げて礼をした。





 かなりおいしかった。

 たびたび通いたいけど、オープンしたらやはり通常料金は高いんだろうかと思いながら菜月は病院の入口へと入った。


 はじめて来る病院なので、勝手がよく分からない。


 受付についた小窓をのぞく。

「予約した碧川(みどりかわ)ですが……」

 そう告げる。だれの姿も見えないが、たぶん中に人はいるんだろう。



「そちらでお待ちください」



 奥から女性の声でそう聞こえる。

 ほらいるじゃんと思いながら、順番待ち用と思われるソファベンチにすわった。


 端のほうのソファベンチに、高齢の女性が一人いる。

 横に立てられた点滴スタンドに、いまどきめずらしいガラスの点滴(びん)が下げられていた。

 中に満たされた黄色の輸液を見て、さきほどレストランで飲んだレモネードをつい思いだしてしまう。


 女性が名前を呼ばれて立ち上がる。

 点滴瓶をゆらゆらとゆらしながら診察室へと入った。

 


 薄暗い院内だ。


 古めかしくて、活気もない。

 むかしながらの評判のいい医院で主治医にしてる人もいるとネットにあったので選んだけれど、なんか解釈まちがえたかなと思う。

 

 

「碧川さん。碧川 菜月さん」



 診察室からそう呼ばれる。

「あ、はーい」

 菜月は立ち上がった。

 診察室に入ろうとドアノブに手をかける。


 とたんに目を見開いて固まった。



 「遺体安置室」



 そうレトロな文字でドアプレートに表記されている。

「えっ」

 菜月はあとずさった。


「碧川さん。碧川 菜月さん、どうぞ」


 中からさらにそう聞こえてくる。

「ちょっ、いえ。ちょ、え?!」

 菜月はあわてて病院内を見まわした。

 こんなときにかぎって酷いめまいが起こる。

 ソファベンチに手をついた。



 待ち合いスペースの窓をふさぐように(おお)ったツル植物に気づく。生い茂った葉のわずかなすき間から沈みかけた陽光がチラチラと射した。


 

 来たときから窓はあったけど、こんなに密集したツル植物なんか見えてたっけ。

 

「碧川さん。碧川 菜月さん、どうぞ」

 中から急かすように声が聞こえる。

「すみません! キャンセルします!」

 菜月はそう叫んだ。

 ソファベンチや壁につかまりながら玄関口のほうへと進む。

 


「碧川 菜月さん、中へどうぞ」



 玄関口まで来ると、受付の奥のほうからもそう声をかけられる。

「キャンセルします! すみません、帰ります!」

 菜月はもういちどそう叫んで玄関のドアに体当たりするようにして開けた。


 ブチブチブチッとツル植物のちぎれる音がする。

 つんのめるようにして外に出ると、菜月はころんで草むらに手をつきうしろをふりかえった。



 うしろにたたずんでいたのは、生活道路沿いにあるツタに(おお)われた古い廃屋だった。



「きゃ……!」

 脚をもつれさせるようにして立ち上がり、その場から離れる。


 暗い院内の窓から見えていた夕方の陽光の射すツルと葉が、さきほどレストランで出されたジェノベーゼのようだったと頭の片すみで思ってしまった。




 終





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