乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その七十一
楓は制服を着ていて、なにか学校の用事があったのはわかったが、正直会いたくはなかった。
「えー? 灰島先輩は楓がなんでここにいるか知りたいんですかー?」
もったいぶった感じで言う楓に、軽くいらっと来たので、
「いや、別に。それじゃあな」
と言って横を抜けようとすると、楓がぱっと優花の進路に立ちふさがってきた。
「と・く・べ・つ・に教えてあげましょう! 楓は部活動で来てたんです! 何部かわかりますか?」
……楓がうざいのはもはやいつものことなので、もうため息も出てこない。
楓のイメージから推測するに……楓の部活は……。
「あー……ストーカー部?」
「なんですかその部活は! 真面目に答えてください!」
キレ気味にツッコミを入れられ、仕方なく真面目に考えることにした。
実際に考えてみると、楓がやりそうな部活というのはなかなか思い浮かばない。
「バレー……は背が低いから無いとして……テニス! も腕が短いから……」
楓のことだから自分の適性にあった部活に入っているだろうと、楓の部活を当たりを付けて考えていると、楓が怒り狂い始めた。
「喧嘩売ってるんですか! 喧嘩売ってるんですよね!」
この反応……やっぱり違うのか、それならいっそと楓のイメージとは真逆のものを言ってみることにした。
「それじゃあ弓道部とかか?」
「胸が小さいからって言ったら本気で殺しますよ!」
いや……そんな意図はなかったんだけど……。
目が据わってきた楓に、今度こそ正解を当てなければ本当に何かされそうだと恐怖を感じていたところ、背後からぱたぱたという足音が聞こえてきた。
この展開は……。
「あれ? お前またこんなところでぐだぐだしてるのか?」
昨日同様、やっぱり優花の背後からやってきたのは奈央だった。
「ん? 楓じゃねえか、お前なんで学校来てんだ?」
「こ、こんにちは! 奈央先生!」
何故かびくびくとしながら頭を下げる楓を訝しく思いながら優花が見ていると、奈央が楓に近寄り頭をぐりぐりと乱暴に撫で始めた。
「相変わらず小せえな楓は、もっと飯食え」
「奈央先生には言われたくないんですけど……」
奈央に対する楓の反応がなんだかいつもより弱かった。されるがままで、頭を撫でられる楓の態度は明らかにおかしい。
もしも優花が同じことをすれば、手を叩き落としたあと蹴りで反撃くらいまではしそうなものだ。
奈央と楓はそれなりに親しい間柄ということだろうか。普通に考えれば、奈央が楓のクラスの担任の教師という線が濃厚か。
二人がどういう関係なのかの答えは、優花がわざわざ聞かなくても奈央が説明してくれた。
「ふう、満足した。それにしても楓、今日部活無いぞ? 連絡したろ?」
どうやら奈央は楓の部活の顧問だったようだ。
奈央に部活がないと指摘された楓は慌てて自分のスマホを確認すると肩を落とした。
「え、本当ですか……って本当だ、うわ最悪……」
学校に来るまでに連絡を一度も見なかったのだろうか? もしかしたら楓は自分が必要な時しかスマホを見ないタイプなのかもしれない。
「楓はたまに抜けてるよな、あたしはそういう所が好きだぞ、よしよし」
「うぅ……」
落ち込む楓の頭を再び奈央が撫で、楓は涙目になっていた。
「それで? 結局楓は何部なんだ?」
「ん? お前楓が何部に入ってるのか知らなかったのか? 楓はテーブルゲーム部だぞ?」
「あー……なるほど……」
テーブルゲームと聞いて、優花が風邪を引いている時に楓が持ってきたゲームを思い出した。
楓が自分で持ってきたゲームにしては、楓もあまり慣れていない感じだったのでおかしいとは思っていたが、あれはテーブルゲーム部のゲームだったということだろう。
「何と言うか……地味だな」
「地味で悪かったですね! 地味な灰島先輩に言われると余計に傷つきます!」
「ぐっ……」
まあたしかに、翡翠や深雪、竜二に昴と比べれば優花は地味なのは事実だった。事実なので反論できずにいると、楓はべーっと舌を出してから、ふんと踵を返し足音荒く一人で帰っていった。
「お前、後輩には優しくしないとだめだろ?」
やれやれといった感じで、急に大人ぶった奈央が諭してきて反応に困る。
「……鬼島先生に常識的なこと言われるとなんだか調子が狂いますね」
「なんだと、てめえ!」
結局優花は憎まれ口をたたいてしまい、怒った奈央もどっかに行ってしまった。
補習の初日と二日目がなんだったのかと思う程、補習三日目と追試は何事もなく無事終わった。
やはり奈央の丁寧なプリントと教え方のおかげで、追試は案外簡単に感じた。
これなら大丈夫そうだと晴れ晴れとした気分で教室を出ようとしたところ……。
「ちょっと待ってろ! すぐに採点すっから!」
優花から追試の答案を回収した奈央がその場で採点をし始めてしまった。
「いや、俺帰りたいんですけど……」
「すぐ済むって! 五分、五分だけだから!」
正直そのまま帰りたかったが、まあすぐに追試の結果を知ることができるならそれでも良いかと待つことにした。
「はあ、まあ五分ならいいですけど……」
仕方なく席に戻り待つこと……五分じゃなくて十分。
指摘しようかとも思ったものの、男が小さいこと言うなとか奈央に言われそうなのでやめておいた。
「よし終了! それじゃあこれ結果な!」
ぽいっと適当な感じで渡された追試の結果は、合格ラインを突破していたようだ。
大きな花丸が答案用紙に咲いていた。
「いや、小学生か!」
思わずツッコミを入れてしまうと、奈央はにやっと笑った。
「小学生みたいなもんだろ?」
本当に小学生並みに小さい奈央には本気で言われたくはなかった。
「ま、それなりに良い結果だったから、これからも励むように!」
「……ありがとうございました」
まあなんだかんだで、最終的には良い先生だった奈央に一応頭を下げて礼を言うと、奈央は腰に手を当ててふんぞり返っていた。
こういうところがダメなんだよな……。
また優花の中で著しく奈央の評価が下がり続けているのを察したわけでもないだろうが、奈央はふんぞり返るのをやめると、いつもの人を食ったような笑いではなく、素直な子供のような笑みを浮かべた。
「うし! それじゃあ追試合格のお祝いをやろう!」
「えっ? お祝いなんてあるんですか? なんだか悪いような……」
奈央の思いがけない提案に、優花は少し面食らいながらも何をもらえるのかと少し期待していると、奈央がぱたぱたと近づいて来て優花の手を取った。
「それじゃあお祝いにあたしがデートしてやろう! 嬉しいだろ!」
「謹んで遠慮します」
「即答かよ!」
すっと奈央の手を外し「それじゃあお疲れ様でした」と事務的に挨拶して、そのまま離脱しようと試みたが、残念ながら奈央に回り込まれてしまった。
最近なんだか逃げられないことが多すぎる気がする……。
「おい! 失礼だろ! ここは『ははあ! ありがたき幸せ!』って言う所だろ!」
一体いつの時代の人間だ。
「ははあ! 謹んで遠慮します!」
仕方なく多少奈央の発言に寄せて、もう一度断ると、奈央は涙目になった。
「お前! 二回も断るなよ!」
「いや、だって鬼島先生とデートとか行きたくないですし……」
と言うか、生徒とデートに行こうとするなよ……。
「なんでだよ! このあたしだぞ? 思春期真っ盛りの高校生ならあたしとデートしたいと思うだろ普通!」
「いや……まあ十人中二人くらいじゃないですかね?」
「リアルに分析するな!」
さっさと帰りたかったが、なかなか帰らせてもらえず、そのまま揉めていると、廊下を通りがかった人物が居た。
「……何をしているんだ?」
 




