乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その七十
「二人は姉弟なんですか?」
「いや、自分から見れば従姉にあたる」
姉弟なのかと聞かれた深雪が、素早く優花の言葉を否定してきた。
よほど勘違いされたくなかったのだろう。
「従姉って年上の女性のいとこのことでしたっけ?」
「そうだ」
つまり二人はいとこ同士で、元々知り合いだったということになるか。
「そうそう、あたし達はいとこ同士だ。昔は可愛かったぞこいつは、何をするにも後ろについてきてな……」
しみじみと昔を思い出している様子の奈央を見て、深雪は珍しく顔を赤くしていた。
「っ! 昔の話だ!」
「ま、今も大して変わらないけどな!」
にやっと笑った奈央と深雪が再び睨み合う。
「それじゃあ六道生徒会長は、鬼島先生が心配で、わざわざ俺が出てくるのを待ってたんですか?」
「自分の用事も丁度終わったからな、ついでに話を聞きに来ただけだ」
優花の方を見ずにそう言うと、奈央は肩をすくめた。
「姉離れができてないな、みーくんよ」
みーくんというのは、もしかしなくても深雪のことだろう。みーくんと呼ばれた深雪は、元々赤くなっていた顔が更に真っ赤に染まった。
「ははは、林檎よりも赤くなったな! はははは! あー楽しい!」
すっかり真っ赤になった深雪の顔を見て、奈央は腹を抱えて笑うと急に笑うのをやめて「それじゃあ行くわ」と言って、踵を返してどこかに行ってしまった。
「……はあ、まったくあの人は」
奈央が行ってしまうとようやく冷静になった深雪がため息をつき、優花の方に鋭い視線を向けてきた。
「自分が『みーくん』などと呼ばれていたことは誰にも言うな。わかったな」
「心配しなくても誰にも言いませんよ。それじゃあ俺はこれで」
ようやく深雪と奈央から解放されて、家に帰り一息つくと花恋が自分の部屋から出てきた。
「あっ! お兄ちゃん!」
「ん? どうしたんだ?」
なんだか良いことでもあったのだろうか? 花恋の声が妙に弾んでいて、なんだか高揚している感じがしている。
「大ニュースだよお兄ちゃん! お母さん達帰ってくるんだって!」
「それは……たしかに大ニュースだな」
結局「ゆうか」の両親は、優花が転生した四月からの三か月近く家に帰って来ていないので、優花としてはようやく初体面となるわけだ。
「ええと、たしか海外にいるんだっけ?」
今まであまり気にしていなかったが、実際に会う前にちゃんと情報を入れておく必要があるだろうと、花恋に両親の仕事について確認しようとすると、花恋がいぶかしげに優花の方を見た。
「いや、そこは昔からでしょ? 何の仕事をしてるのかは……まあ、わたしも知らないけどさ」
「……そう言えば、そうだったか」
花恋も知らないのか……。
「お兄ちゃん本当に大丈夫? また風邪ひいたとか?」
「いや、大丈夫。ちょっと補習で疲れただけだから。それで? 両親が帰ってくるのはいつになるんだ? すぐに帰ってくるのか?」
ぼろが出ないうちに重要なことを聞いておこうとすると、花恋はいぶかしげを通り越して、もはや不思議そうな顔で優花を見ていた。
「両親って……自分の親なのになんでそんな変な呼び方してるの? いっつも父さん、母さんだったじゃん」
優花の意識的にはまだ自分の両親という実感がなかったせいで、またぼろが出てしまったみたいだ。
「こほん! とにかく! 母さん達はいつ帰ってくるんだ?」
「一週間後だってさ! 家掃除しとけってメールに書いてたよ!」
「うぇ……掃除か……」
正直面倒くさいのでやりたくない。
「あれ? お兄ちゃん掃除の仕方とか教えてもらってなかった?」
「まあ、それはそうなんだけどな……」
いくら凛香の家で執事として掃除のノウハウも叩きこまれたと言っても、掃除が面倒なことには変わらない。
それに凛香の家で掃除をしていた時は、監督のつもりなのか優花のことを凛香が近くでよく見張っていたので、モチベーションも高いままでいられたが、今家にいるのは花恋だけなのでモチベーションの維持も難しい。
この世界に来てできた妹の花恋はたしかに可愛いが、凛香には遠く及ばないのだ。
「……お兄ちゃん今なんか失礼なこと考えなかった?」
「いや、別に?」
ひゅ~ひゅ~と露骨に口笛を吹いて誤魔化すと、花恋が怒りを露わにして飛びかかってきた。
「こらー! 絶対何か考えてたでしょ!」
たまたまなのかなんなのか、花恋の攻撃方法が今日奈央にやられた頭を腕で抱えるような感じの技……プロレスで言えばヘッドロック。
女の子の力なので別に痛くはないのだが、すぐに痛み以外の問題が発生した。
「いやいや、考えてないって! こら! 離せ!」
奈央の時と違い少しだけ柔らかい感触に、花恋を女の子だと感じてしまったのだ。
急に恥ずかしくなった優花は慌てて花恋を引き剥がすと、花恋が勝ち誇ったように笑った。
「にははっ! まいったか!」
「あーはいはい、俺の負け負け」
恥ずかしさを隠してしっしっと花恋を追い払おうとした優花を見て花恋はにやりとした。
「じゃあわたしが勝ったから、掃除はお兄ちゃんね!」
「あっ! 汚いぞ!」
そうだ、そう言えば掃除の話だった。
「にははっ! 汚くないもんねー!」
優花の抗議の言葉は聞かず、花恋は自分の部屋にぱぱっと引っ込んでいってしまった。
「逃げ足の早いやつめ……」
……まあいいや、一週間で少しずつやればいいだろう。
翌日、二日目の補習が始まるのを教室で待っていると、ばん! と大きな音を立てて扉が開いた。
「よお……待たせたな!」
ふらりと教室に入ってきた、奈央は鬼気迫る目で優花を見てきた。
「鬼島先生、なんだか目のクマすごいですけど……」
奈央の目は血走り、目のクマは距離があるのにはっきりとわかるくらいだった。
「ああ、ちょっとお前に地獄を見せて泣かせるためにな……久しぶりに徹夜した」
「あー……そんなことも言ってましたね」
そう言えば昨日の補習の終わり際にそんなことも言っていたか。その後の深雪とのやり取りのせいですっかり忘れていた。
「今日は昨日みたいに横から煽るだけじゃないからな! 覚悟しろ!」
「はあ……」
なんだか意気込んでいる奈央とは対照的に優花が気の抜けた返事をすると、それがまた奈央の癇に障ったらしい。奈央の眉間に皺が寄り、般若のような顔になっていた。ミニ般若だ。
それから三時間程の補習は……奈央の意気込みとは裏腹に普通に良い補習になった。
わからない点の解説や暗記の方法を細かく丁寧に教えてくれたおかげで、今日一日でなんだかぐっと成績が良くなった……気がした。
「はあはあ……お前……なんで平気なんだ?」
後半ずっと解説のために喋り続けていた奈央は息を切らしつつ優花を相変わらず凄まじい形相で睨んできた。
「えっと……なんでって言っても……」
そもそも奈央の優花を泣かせようとする手段が、内容を難しくしたり、わかりづらくしたりするのではなく、わかりやすい内容をぎゅっと詰め込んで一気にやらせるという感じだったせいでむしろ助かった感もある。
ただ正直に言って明日の内容を難しくされてもこまるので、優花は誤魔化すことにした。
「鬼島先生が教えるの上手いからじゃないですか?」
半分冗談、半分本気でそう言うと、奈央の目が爛々と輝きだした。
「ほ、本当にそう思うか?」
「ええまあ……」
優花が頷くと奈央は拳を振り上げ「よっしゃーー!」と叫んでから教室を走り去っていった。
「……確実に今まで会った人の中で一番の変人だなあの人」
とりあえず補習は終わったので、特別教室棟を出たところ、昨日同様また人につかまった。
「あれー! 灰島先輩じゃないですか!」
優花を見つけて声をかけてきたのは、楓だった。
「……楓か、なんでこんなところにいるんだ?」
何カ所もの誤字報告本当にありがとうございます。
一応自分でもチェックしてから出してはいますが、全然だめですね……。




