乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その五十七
今更ながら何でBL好きだと腐ってると言うのかすらわからない優花には、翡翠と花恋の二人の会話についていけなかった。
攻めや受け、リバにナマモノがどうとか言って盛り上がっているが、もはや同じ日本語とは思えなかった。
「……にははっ! お兄ちゃんにこんなに理解のある友達がいるとはね!」
「俺様は同士が羨ましいよ、こんなにわかっている妹がいるとはな!」
……本当になんなの、この人達。
盛り上がるのは構わないが、できれば優花がいないところでやってほしい。
「まあよくわかんないけど、これでわかっただろ? 十八禁BL本をご所望だったのはこっちの妹で、俺じゃないから」
ちょうど良いので誤解も解いておくことにすると、翡翠と花恋は二人共いやいやと手を横に振った。
「隠さなくて良いぜ?」
「そうだよ、お兄ちゃん! 男の子がBL本を読んでても問題ないんだよ!」
……う、うざい。
優花までBL好きということにして、仲間に引きこもうとしているらしい。
「こほん……とにかく! 俺はそのBLオンリーイベントっていうのには、行かないから。……そんなに話が合うなら二人で行ってきたらどうだ?」
「「……二人で?」」
花恋と翡翠がはもった後、そのまま見つめ合ったかと思うと、二人共首を横に振った。
「「……ないない」」
「は? 何でだ? さっきまで楽しそうに話してただろ?」
趣味が合うもの同士で行った方が楽しいんじゃないかと思ったが、そうでもないらしい。
「同士はわかってないな」
「わかってないね、お兄ちゃん……」
「……何が?」
二人が妙に通じ合っているのにいらっときていると、翡翠がびしっと優花に指を突き付けてきた。
「異性とじゃできない話もあるだろうが!」
「そうだよお兄ちゃん! それにさすがのわたしも異性の先輩と一緒にBLイベントはハードルが高いよ!」
翡翠に同意する花恋に、優花はもう何も言えなくなってしまった。
「それじゃあ今度の休みに行こうな! ああ、同士と一緒なら妹さんも行けるんじゃないか? どうだ?」
二人では行けないが、優花が加わって三人なら大丈夫らしい。……というか巻き込まないでほしい。
誘われた花恋は一瞬顔に喜色を浮かべたが、すぐに何かに気が付いたようにぴたりと止まった後、首を横に振った。
「にははっ、その日は……残念ながら予定があるので」
これで花恋は中々多忙らしいので、行きたくても行けないのだろう。
「そうか、それじゃあ俺様はこれで帰るぜ、じゃあな!」
颯爽と格好良く去っていく翡翠に、花恋がうんうんと頷いていた。
「いやあ、本当に良い友達を持ったねお兄ちゃん。大事にしなよ?」
「……もう何でもいいや」
もはやツッコミをする気力すらなくなった優花は、結局休日に翡翠とBLイベントへと出かけることになってしまったのだった。
*****
「ええと、BLイベント? ですか? それに行ってくると?」
翌日の放課後、凛香を迎えに来ためいに、休日に翡翠と出かけることを言うと、めいはすごく困ったような顔になっていた。
「そのBLというものがよくわからないのですが……」
「いや、わかんなくて良いと思います」
「……はあ、そうですか」
万が一にも、めいまで腐女子になるようなことにはなってほしくない。
「それで? ゆうかくんは何か心配なことでもあるんですか?」
「心配と言うか……そういうイベントって基本女性同士で行くみたいなんですよ」
「はあ、それが何か?」
「……いや、男同士で行くと目立つなと」
BLが男同士の恋愛を扱う作品だと言えない優花が言葉を少し濁すと、めいはぱんと手を打った。
「よくわかりませんけど、男同士に見えなければ良いのですよね?」
「……めいさん?」
……なんだろう、すごく嫌な予感が。
「だったらゆうか君は女装して行けば良いんじゃないですか? 文化祭での予行演習も兼ねて、徹底的に動作を仕込んであげますよ?」
何言いだしたこのメイド……。
名案という感じで言いだしためいの案が、あまりにもひどすぎて、優花は危機感を感じ逃げようとすると、めいに回り込まれてしまった。
「ちょうど良いので、今日から特訓です!」
「いや、何がちょうど良いのかわからないですって!」
「さあ! 遠慮せずに!」
何かのスイッチが入ったらしいめいに、結局強引に女装の特訓……いや、正確には女性らしい仕草の特訓を受けることになってしまった。
「……二人共楽しそうですわね」
先生に呼ばれていて、来るのが遅くなった凛香が、責めるようにじとっとした目を優花達に向けてきた。
「お嬢様も来ましたし、行きましょうか」
めいがさっさと車に乗り込んでしまい、優花はため息と共に、まず凛香のために車の扉を開けてから、自分も車に乗り込む。
「あら、今日はゆうかさんを送りますの?」
「あー……」
このまま凛香の家まで行って、女装するとは言いたくなかった優花が助けを求めるようにめいの方を見ると、めいはにっこりと笑った。
「早く言ってしまった方が楽になりますよ?」
……天使のような顔をしているが、中身小悪魔だこの人。
めいの口から言ってくれるつもりはないらしい。
結局優花が、翡翠と休日にイベントに行くという話と、男同士だと思われないように女装するという話をすると、凛香は頬を膨らませ、むくれだした。
「わたくし抜きで、遊びに行くんですのね……」
口には出さなかったものの、自分も行きたいというオーラを隠していない凛香に、今回ばかりは絶対だめだと優花ははっきりと断った。
「凛香さんは絶対に来ないでください!」
めい同様、凛香も腐女子にするわけにはいかない。
この世には知らなくて良いことなど山ほどあるのだ。
「……」
「だめですからね!」
「……はあ、わかりましたわ」
まだあきらめていないらしい凛香に、優花はもう一度念を押すと、ようやく凛香はわかってくれたみたいだった。
「大丈夫ですよ、お嬢様。そのイベントまで、ゆうか君は毎日来てくれるみたいですから」
凛香をなだめるようにめいが言うと、凛香はようやく、膨らませていた頬を元に戻した。
「……それなら、まあ許してあげなくもないですわ」
「いや、毎日行くなんて言ってないんですけど……」
優花の小さな抗議は二人に黙殺されてしまい、そのまま凛香の家に着くと、早速特訓をさせられた。
「そもそも何ですけど、特訓なんて必要なんですか? 格好だけ真似すれば良いんじゃ……」
優花の当然の疑問にめいはゆっくりと首を横に振った。
「いえ、だめですね。ただ女装だけしてもすぐに男性だとばれますよ? そうなればゆうか君はイベントに女装で参加しているという事実が他の参加者にばれてしまいますけど、それでも良いんですか?」
「……良くはないです」
いや、そもそも女装して行くくらいなら、男二人で行って注目を浴びる方がまだましなような……。
「文化祭だってそうです、やる以上は私は中途半端は許しませんよ」
文化祭の女装イベントに優花は参加しないので、別に関係はない……とは言えなかった。めいの目が怖かったからだ。
目がマジってやつだった。
「……めいさんって意外にスパルタなんですね」
「何を今更、お嬢様の教育をしたのは私ですよ?」
料理はともかく、勉強も運動も常にトップクラスなのは、実はめいのおかげだったということか。
「さあ、まずは着替えましょうか。 ゆうか君、こちらへ」
「いや、女性らしい仕草の特訓ですよね? 女装する必要は無いんじゃ……」
「形から入るという言葉があるでしょう。ほらほら、早く始めますよ!」
「あっ、ちょっと! 引っ張らないで!」
その後、放課後を利用して女性らしい立ち方や座り方から細かな仕草までめいに叩きこまれること数日。
「あの……ゆうかさん?」
「凛香さん、どうかしまして?」
とても困ったような顔をしていらっしゃる凛香さんに、微笑みながら首を傾げると、凛香さんの困り顔は更に深くなってしまわれた。
「もう女装した優花さんは女性にしか見えないのですけれど……」
「あら、それは褒め言葉として受け取っておきますね?」
 




