乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その五十六
「……翡翠か……何の用なんだ?」
翡翠がわざわざこんな時間に優花の家を訪ねてくる理由がわからない。
学校ではしづらい話なんだろうか。
「さあ? お兄ちゃんが来るまで待たせてもらうって言って、リビングで本読んでるよ」
「……あいつ」
翡翠が読んでいる本と聞いて思い浮かぶのは十八禁BL本だが……さすがに他人の家に来てまでは読まないかと思いなおす。
「花恋は自分の部屋に戻っててくれ」
ただ、どうせろくでもない話になるので、花恋は遠ざけておくことにした。
よくよく考えたら花恋と翡翠は趣味が共通していて、二人で盛り上がったあげく暴走しかねない。
「えー! なんで!」
「なんでも! ほら、行った行った!」
花恋が大人しく自分の部屋に行ったのを確認してから、優花がリビングに入ると、そこにはやっぱり翡翠が居た。椅子に座り、優雅に足を組んでカバー付きの本を読んでいる。
ちらっと見えた本の挿絵は……明らかにBL本。ただ、十八禁のものかどうかは正直よくわからない。
「ん? ああ、ようやく帰ってきたのか同士」
相変わらず翡翠は優花のことを腐男子仲間だと思っているらしく、一向に『同士』という呼び方を改める気はないみたいだ。
「だから同士と呼ぶなって。それで? 何の用なんだ?」
「ふっ! 決まってるだろ! 続きを持ってきた!」
「……続き?」
何の話だ?
怪訝な顔になった優花に、翡翠が自分の鞄から黒い袋を取り出した。
……なんだか見覚えがあるような。
嫌な予感がして眉をひそめる優花には気付かなかったらしく、翡翠は意気揚々と説明をしだした。
「この間の見舞いの時に前の巻を土産に置いておいただろう? それの続編が出たからな差し入れに……」
「ああ、あの黒い袋に入ってたやつなら……見ないで捨てたぞ?」
そういえばみんなで優花の見舞いに来てくれた日、翡翠は黒い袋に入った本をこっそりと置いていっていた。
どうせ中身はBL本だろうと思ったので、一瞬本当に捨てようかとも思ったのだが、一応見舞いの品なので捨てはしなかった。捨てなかったものの、見る気はなかったので部屋に封印しておいている。
花恋に見つかったら何か言われそうなので処分するべきか、それとも花恋にそのままあげるべきか迷っていたが、中身を確認するのも嫌だったので、そのままにしてある。
「なっ! 俺様がわざわざ選んでやったのに!」
捨てたと聞いてショックを受けたらしい翡翠が打ちひしがれる様子を見て、なんだか悪いことをしたような気になった優花は仕方なくまだ捨ててないと本当のことを言うと、翡翠は一気に機嫌が元に戻った。
「なんだ、びっくりさせるなよな! ほら! これが続きだぜ!」
翡翠が黒い袋から取り出したのは『ドキドキ、看病する王子様2』というBL本だった。
骨が折れていない左手にぽんと本が乗せられる。
「……ふんっ!」
「まっ、待て!」
優花が本をソファへと問答無用でぶん投げようとすると、翡翠に羽交い締めにされて阻止された。
「こっ、こら! 俺様が善意で差し入れしてやったのに何するんだ!」
「ふざけんな! こんなもん悪意でしか差し入れしねえだろ! それと微妙に風邪の看病とかけてくるな!」
ぎゃーぎゃーとそのまま翡翠と言い争っていると、そっとリビングの扉が開いた。
「……お兄ちゃん?」
「か、花恋?」
リビングの扉から顔をのぞかせたのは、何故か顔が真っ赤な花恋。鼻からは何故か鼻血まで垂れている。
「やっぱりお兄ちゃんってそういう……」
……そういう? ……ああ。
花恋が何を言いたいのか察した優花は、するりと翡翠の羽交い締めから抜け出し、花恋をまた自室に戻してリビングに戻った。
もううちの妹はダメかもしれない……。
優花と翡翠がBL的な関係だと妄想していたのだろう。なんだか頭が痛くなってきた。
「まったく……どいつもこいつも……」
「どうしたんだ同士?」
優花の頭痛の原因二号(いや、一号か)が首を傾げ、優花はため息が出た。
「それで? こんなもの渡しに来ただけじゃないんだろ? 何の用なんだ?」
「こんなものとは失礼なやつだな。俺様の中で三本の指に入るくらいの名作だぞ?」
「……いや、知らねえよ」
ふう、やれやれ、困った奴だみたいな顔をしている翡翠にイラッとくる。
「まあ用はあるんだけどな」
そして結局あるのか……。
「今度の休みに一緒にここに行かないか?」
翡翠が取り出した一枚の紙を受け取り、まじまじと見て優花の目は点になった。
「……ええと、BLオンリーイベントって書いてあるように見えるんだが?」
「そう書いてあるからな」
当然だろ? という感じの翡翠に再びいらっときた優花は紙を突き返した。
「行くわけないだろ! ふざけんな!」
「いや、ここは行こうぜ! ほら! 有名な同人絵師とかも来るらしいぞ? 同士も欲しいだろ?」
「知るか! もう帰れ!」
優花よりも背の高い位置にある翡翠の頭をがっと左腕で確保し、ずるずると引きずって玄関に連れていこうとすると、翡翠はすぐに抵抗し始めた。
「いや、待ってくれ同士! 同士しか、同士しか一緒に行ってくれそうな人がいないんだ!」
「いや、俺も行かねえよ! だから俺は腐男子じゃねえって言ってるだろ!」
「いやいや、隠さなくても良い! 教室で皆に言ったんだろ?」
「隠してねえ!」
怒りのパワーで無理やり翡翠を引きずり、リビングの外に出ると、そこにはまた花恋が立っていた。
「お、お兄ちゃん……」
「花恋! お前は部屋戻ってろ!」
思わず花恋にもきつく言ってしまうと、なぜか花恋は頬を赤く染めた。
「お兄ちゃんがドSモードになってる……そうか、お兄ちゃんは攻めなんだね……」
攻め? 何を言ってるんだ?
花恋が何を言っているのかわからなかった優花だが、翡翠はわかったらしい。
花恋の言葉を聞いてはっとしたと思うと、優花の拘束から抜け出した。
「まさか同士の妹は腐ってるのか?」
「えっと……」
さすがに異性の先輩相手に腐女子だとカミングアウトするのは抵抗があるのか、花恋が答えに窮していると、翡翠が爽やか笑顔を浮かべ自分を親指で指しポーズを決めた。
「安心しろ。俺様も腐ってる!」
「え! 本当ですか!」
翡翠が腐っていると聞いて、花恋の目がきらきらしだした。
……もうやだこいつら。
本日の予約投稿忘れておりました! 楽しみに待っていてくれた方すみませんでした!




