乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その五十二
すぐに真央に凛香がどこに行ったか確認したが、真央は凛香がどこに行ったか知らなかった。
まずいな……。
当てもなく探しても凛香は見つからないかもしれない。
「おや、不藤くん。どうかしましたか?」
廊下に出ると、丁度良く隣のクラスの授業を終えたらしい昴と出会った。
「三日月先生! 凛香さんがどこに行ったかわかりませんか!」
もしかしたら昴なら凛香がどこに行ったのかがわかるかもしれない。
気ばかり焦り、昴に優花が詰め寄ると、昴は優花の肩に手を置いた。
「……まずは落ち着きなさい不藤くん。何があったか話せますか?」
「ええと……ここでは無理です」
場所を変えて、優花と楓以外にこの世界がゲームを元にしたものだと知っている唯一の人物である昴へ、凛香にバッドエンドが迫っていることを口早に説明すると、昴は「ふむ……」と言って目を閉じた。
そのまま少しだけ考えていた昴は目を開けると再び優花の肩に手を置いた。
「状況はわかりました、ただ不藤君の考えているように今すぐ虚空院君を家に帰すのは止めた方が良いと、僕は思います」
「えっ? どうしてですか? 車で送ってもらえば良いんじゃ……」
「これは予想ですが、虚空院君は車を待っている間に事故に遭うんじゃないですか?」
「……あっ!」
そうだ。たしかに、凛香は基本的にはめいに車で送り迎えをしてもらっている。
風邪をひいて無理に学校に来ているのに、めいが迎えに来ないなんてありえないのだ。
「じゃあもし今凛香さんを帰らせようとしてたら……」
「事故に遭っていたかもしれませんね」
……危なかったってことか。
もし昴に出会わなかったら、優花は凛香を救えなくなるところだった。
「じゃあどうすれば……」
「そこなんですが虚空院君は、獅道君を八雲君が攻略した場合に事故に遭うんですよね?」
「そうですけど……」
何を今更聞くつもりなのかわからず、優花が怪訝な顔をすると、昴は指を一本ピンと立てた。
「どうして獅道君が攻略されると、虚空院君が事故に遭うのか、そこを考えてみるべきかと思いますよ」
「どうしてって……」
そんなのゲーム的な都合としか言えないんじゃ……。
「そうですね、では今回はことがことですから、具体的な対処法を――――――――」
言葉を続けようとした昴の言葉が、急に聞こえなくなった。パクパクと口を開けて何かを喋っているのはわかるのだが、その言葉が何一つ聞こえてこなかった。
「えっと、三日月先生今なんて言ったんですか?」
一番重要な所が聞こえてこなかったため、聞き返すと今度は昴が怪訝な顔になった。
「不藤君……今なんと……」
どうやら今度は優花の声が昴に聞こえていなかったらしい。
急に起きたあまりに不自然な事象に、優花は真央の主人公補正のことを思い出した。
「世界からの干渉ってことか……」
凛香を救わせないようにするために、世界が凛香を救う方法を聞けなくしているのだろう。
苦虫を噛み潰したような顔になった優花を、無言のまま見ること数秒、昴は優花の肩に再び手を置いた。
「……どうやら僕の出した答えを君が聞くことはできないみたいですね。……それなら君が自分で答えを導きだすしかありません」
「……はい」
凛香を救うことの難しさ、重さをその身に感じ拳をぐっと握る優花を見ていた昴がふと顔を別の方に向けた。
「……どうやら僕にはこれ以上の干渉はできないみたいです」
昴の視線の先には、白桜学院で国語の教師を担当している女の先生の姿があった。
昴が自分を見たことに気が付いたのか、女教師は頬を染めてトレードマークの赤いフレームで細い眼鏡をくいっとさせると優花達に近づいてきた。
「あら、昴さん。生徒の相談を受けているんですか?」
「ええ、そんなところです」
「教頭先生が呼んでいましたよ。さあ! 一緒に行きましょう」
「わかりました。ありがとうございます。不藤君、すみませんが僕はこれで……」
女教師が昴を連れていってしまい、一人になった優花はひとまず教室に戻り、自分の席に座った。
どうすれば良いのかの答えを昴から聞くことはできなかったが、ヒントはもらえた。
どうして竜二が攻略されると、凛香が事故に遭うのか……か。
ゲーム的な都合という言い訳を使わないのなら……その二つには関連があるはずだ。
思い出せ……ゲームの記憶を!
何か答えがあるとすればそこにしかない。
竜二が攻略されると何故凛香が、事故に遭うのか……そこを考えるには攻略した場合と、攻略していない場合を比較すれば良いと思い付き、必死に記憶を手繰り寄せる。
「竜二ルートではたしか……」
凛香が事故に遭う日、竜二はゲームの主人公に一緒に帰ろうと連絡をし、放課後二人で帰ることになる。二人で帰った後、翌日凛香が事故に遭ったと主人公は聞かされるようになる形だったはずだ。
……じゃあ竜二ルートじゃなかったらどうなるんだ?
別の攻略キャラを主人公が攻略していた場合、主人公は竜二とは帰らないわけで……逆を言えば竜二も主人公とは帰らず一人で帰ることになるわけだ。
そこまで思い至った瞬間、優花は別のキャラを攻略した際に必ず起こる会話イベントで、ゲーム内の竜二が発するセリフを思い出した。
それは竜二との会話中にちらっと登場するだけのもので、一度見たセリフはスキップできるため、優花もあまり覚えていなかったセリフだった。
『アイスクイーンが倒れそうになってたところを腕を掴んで助けたら、文句を言われたんだけどよ……』
アイスクイーンとは凛香のこと、愚痴のようなセリフだし、別に凛香が事故に遭いそうだったなんて竜二は言っていないので、さらっと流してしまっていたが、今思えばたしかその日は竜二ルートで凛香が事故に遭う日の翌日だ。
つまり、竜二が攻略されていなかった場合、竜二は凛香が事故に遭いそうだった現場に居合わせて助けることになっていたんじゃないだろうか。
「ええと……だから、つまり……」
優花が今にも答えを出そうとしていると、優花のスマホが鳴りだした。
「誰だよ……こんな時に……」
舌打ちをしてしまいそうになりながら、スマホを確認すると、相手は楓。
「『可愛い後輩からの放課後の呼び出しです。まさか断らないですよね? 断ったら例のあれをばらしちゃうかもしれませんよ』って完全に脅しじゃないか……」
よりによって何で今日何だよ……。
最悪のタイミングの楓の呼び出しに、優花は眉間にしわを寄せ渋面を作った。
無視をすれば、優花が十八禁BL本を買ったことを身内にばらされ……、呼び出しに応じれば、凛香を助けられない。
究極の二択……というわけではない。
何を一番優先するべきなのかぐらいはわかっている。
「『悪いけど、大事な用があるから今日は無理だ。また今度な』っと……」
メッセージを送り返し、スマホを鳴らないようにしておいた。
例え十八禁BL本の件をばらされ、ドン引きされたり、馬鹿にされることになろうと構わない。凛香を救えればそれで良い。
スマホをしまうと、予鈴が鳴り、凛香が教室に戻ってきた。
「凛香さん……」
声をかけようと声を出そうとしたが、声は出ず、体も動かない。
世界がまた邪魔をしているのだろう。
優花が動けないでいるうちにすぐに午後の授業が始まり、気がつけばもう放課後。
授業中に考えた作戦を実行に移そうと、優花が凛香のところに行こうとすると、がらっと教室の扉が開いた。
「灰島先輩、いるじゃないですか」
「……楓か」
授業が終わったばかりだというのに、教室に入ってきた一年生にクラス中が注目しているが、楓は一切気にすることなく、真っ直ぐ優花の席にやってきた。
「だめですよ灰島先輩。楓からの連絡を全部無視しちゃ」
すっと目を細めた楓から、静かな怒りを感じる。
「お前、何でこんなすぐに……」
「楓のクラス結構早く授業が終わって、すぐに解散になったんですよ。残念でしたね……」
くそっ! こんな時に!
これも世界からの妨害なのか、優花が楓に手間取っている隙に、いつの間にか凛香は教室からいなくなってしまっていた。
 




