乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その五十三
「また今度って送ったろ! じゃあな!」
慌てて凛香を追おうとした優花の腕を、楓ががっしりと掴んだ。
「だめですよ、灰島先輩。楓から逃げちゃ……本当にばらしちゃいますよ?」
「だからそれどころじゃ……」
楓の手を剥がそうとするが、楓はするりと優花の手を躱してしまい、決して放そうとはしなかった。
こうして楓にてこずっている間にも、凛香に刻一刻と危機が迫っている。
優花達が揉めている雰囲気がわかったのか、優花達のやり取りを見ていたらしい真央が優花達に近寄ってきた。
「どうしたの二人共? 喧嘩してるの?」
「いえっ! 真央先輩! これは喧嘩じゃないんです!」
明るい笑顔を真央に向ける楓だが、優花の腕を放そうとはしなかった。
真央になんとか説得してもらおうとしたが、楓が一々妨害してくるため、結局それも成功しない。
とにかく楓を早急にどうにかしなければ凛香が事故に遭ってしまう。
焦る優花の元に、今度は竜二がやって来た。
「兄貴! 昼の返事をくれなかったんで、直接来ました……って何してやがるてめえ!」
優花の腕を掴んだままの楓を見て、竜二が駆け寄ってきた。
そう言えば竜二が一緒に帰ろうと連絡してきたことへの返事をしていなかった。凛香をどう助けるかばかりに気が行ってしまっていた。
真央と竜二まで騒動に加わり、さらに混沌とした状況になりつつあった。
……もう時間がない!
楓から逃げられないなら竜二に凛香を助けに行ってもらうことも考えたが、もう時間が足りない。説明している暇はないし、既に優花に攻略されたことになっている竜二が凛香を助けられるのか確証も無い。
やっぱり自分で凛香を助けに行くしかない!
一分一秒を争う事態に、優花は覚悟を決めて、すうと息を大きく吸い込んだ。
「俺は!」
自分でもびっくりするくらいの大声を出すと、楓と竜二、真央がびくっとしていた。まだ教室に残っていたクラスメイト達もいきなり大声を出した優花に注目する。
最後に一瞬だけ躊躇した後、優花は更なる大声で続けた。
「俺は、この前池袋で十八禁BL本を買った! それがどうしたーーーーーー!」
全身全霊、あらん限りの力を込めて最低なことを言うと、ついに楓の手が離れた。
「な、なんで自分でばらしてるんですか!」
「楓、これでお前に脅されるような弱みはなくなった! 竜二!」
楓から解放された優花が竜二の方を向くと、まだ竜二は優花の大声でびっくりしていて、目を白黒とさせたまま返事をした。
「うっ、うっす!」
「楓をおさえててくれ! 俺は……凛香さんの所に行ってくる!」
「よくわかんないけど、わかったっす! 任せておいてください!」
がしっと楓を確保した竜二に後を任せて優花は教室を飛び出した。
「兄貴はやっぱりかっけえなあ……」
優花が去った教室で、竜二が楓をしっかり捕まえておきながら惚れ惚れしたように言っていると、楓が呆れて白い目を向けた。
「……今のセリフのどこが格好良いのよ。十八禁BL本よ?」
「ところでそのBL本っていうのはなんなんだ?」
「……わかってなかったのね」
疲れたようにため息をつく楓を見て、竜二が首を傾げるその横で、真央は優花が去っていった方を静かに見つめていた。
*****
間に合ええええええ!
白花の日に、攻略キャラ達の白い花を狙う女子から狙われて以来、いや、それ以上の速度を出して走り続ける。
すぐに息が上がり、呼吸が苦しくなったが、今はどうでも良い。
少しでも早く走り、凛香に追いつかなくては、凛香を救うことはできなくなる。
「はあはあ……はあ!」
くそ! まだそんなに遠くには行ってないはずなのに!
凛香が教室にいないと気が付いてから、まだ十分は経っていない。それなのにまだ凛香は見つからなかった。
校舎から校門までは基本的に一本道、もしかしたらもう凛香は事故に遭っているのかもしれないという最悪の予想を大きく首を振って頭から追い出すと、優花は更に加速した。
「はあはあはあ! ……はあ! いた!」
間違いなく優花の生涯で最高速度の走りを続け、ついに凛香を見つけたが、凛香は既に校門を出るところ。
車が通る車道まであと少しで出てしまいそうだった。
「りん……ごほっ!」
大声で名前を呼び、呼び止めようとしたが、息が上がってしまい、うまく声が出せない。
そうしている間にも、凛香はふらふらとした足取りで、歩いていってしまう。
やっぱり直接助けるしかない!
最後の加速をすると、体が更なる悲鳴をあげた。
あと……もう少し……!
ラストスパートをかけた優花があともう少し、あと数歩で凛香に追いつくと思った瞬間。
凛香が車道側へとふらついたのが見えた。すぐ近くに軽自動車が走っていて、数秒後には事故が起きると確信できた。
意識が加速し、凛香がふらつき、車道へと飛び出しそうになる様子がスローモーションに見える中、優花は急に足が動かなくなった。
ろくに体力も無いのに無理をしたつけなのか、あるいは世界が凛香を救うことを許さなかったのかはわからない。
足が急に動かなくなり、つんのめって倒れそうになった瞬間――――優花は必死に手を伸ばし、渾身の力で足に力を込めた。
間に合ええええええ!
優花の足が地を蹴り、走っていた勢いのまま優花は跳んだ。
あとわずかで凛香が車にひかれるというタイミングで、必死に伸ばした人差し指と中指が凛香の制服にひっかかった。
最後の力を指に込めて力いっぱい引っ張るとぱきんという嫌な音と共に、凛香の体はわずかに歩道側へと戻ってきたのが見え――――すぐに優花は地面に激突した。
「はあはあはあ……げほっ……ごほっ……はあはあ」
顔面を強打し、地面に倒れたまま酸素を求めて呼吸をし続けた優花の意識はすぐに暗闇へと飲まれた。




