乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その五十四
「はい、骨折ですね」
「……そうですか」
病院でレントゲンをとってもらうと、最後に凛香を引っ張った人差し指と中指の骨が折れていた。
折れた部分が熱を持ちじんじんとした痛みがある中、優花が気のない返事をすると、診察をしてくれた女医さんが、ぽりぽりとペンで頭をかいた。
「普通こんな折れ方しないんだけど……なにしたの?」
「ええと、指で……引っ張っただけですけど……」
「引っ張っただけって……」
呆れたようにため息をつく女医にどう説明したものか困っていると、優花の背後の扉が開いた。
振り返ると、そこにはめいだけで、凛香の姿は無かった。
「めいさん! 凛香さんは!」
「お嬢様なら大丈夫です。とりあえず病室を借りて寝てもらっています。ゆうかくん、今日は本当にお嬢様を助けてくれてありがとうございました」
深々と頭を下げるめいに、優花はいつも通り指で頬を掻こうとして、骨が折れた指を動かしてしまい、痛みに呻くはめになった。
車にぶつかりそうになった凛香だったが、優花がぎりぎり間に合ったおかげで、その場で尻もちをつくぐらいで済んだらしい。
無理して走り続けた優花は意識を失ってしまい、凛香と一緒に病院へと運ばれたようで、ついさっき目を覚まし、レントゲンをとってもらい、結果を今聞いたところだ。
「まあ、凛香さんが無事なら良かったです。えっと……指ってどれくらいで治るんですか?」
「一ヵ月くらいで骨はくっつくよ。ま、色々大変だと思うけど頑張りたまえ少年」
ひらひらと手を振るなんだか適当な感じの印象がぬぐえない女医の先生に、優花ではなくめいがため息をついた。
「はあ……先生、もう少し真面目にしてくれませんか?」
「お? めいちゃんあたしに意見とは偉くなったもんだねえ!」
「先生には感謝していますけど、昔の話です」
どうやらこの女医の先生とめいは元々知り合いだったらしい。
どんな関係なのか聞いてみたい気もしたが、とりあえず後回しだ。
「えっと、凛香さんに会えますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。私が案内しましょう」
女医の先生に礼を言ってから、優花は診察室を出た。
診察室を出ると、廊下の窓から見える空は陽が落ち暗くなっていた。
優花が失神して病院へと運ばれている間にすっかり夜になってしまったらしい。
めいに案内されて凛香の病室の前に来た優花が病室のドアをノックすると、反応が無かった。
「凛香さん寝ちゃってるんですかね?」
安否を自分の目で確認したかった優花が、寝ているならあきらめるしかないかと思っていると、めいが優花の代わりに病室に入り、すぐに出てきた。
「大丈夫です、少し落ち込んでいるだけみたいです」
「落ち込んでる? 凛香さんが?」
落ち込むなんて凛香さんらしくないなと思いながら、優花はめいに促され中に入ると、凛香はベッドから身を起こしうつむいていた。まだ熱はあるのか、顔はまだうっすらと赤い。
「えっと……凛香さん?」
優花が恐る恐る声を掛けると、凛香は顔を上げた。
「……ゆうかさん」
優花の名前を呼んだ凛香は、次の瞬間、深く頭を下げた。
凛香の長くて綺麗な黄金の髪の毛がさらりとベッドのシーツに落ちる。
「……ごめんなさい」
……凛香さんが謝ってる。
凛香が謝っているというあまりに珍しい光景に優花が思考を停止させていると、頭を下げたまま凛香は、謝罪を続けた。
「わたくしが無理をして学校に行かなければ、優花さんが怪我をすることもありませんでした……」
本気で落ち込んでいるし、本気で謝っているのが伝わってきて、優花は慌てて我に返り、凛香に頭を上げさせた。
「いや! 凛香さんは悪くないんですよ! ほら! 凛香さんに風邪を移しちゃったのは俺ですし!」
凛香に説明するわけにはいかないが、そもそも優花が竜二を攻略しなければこんな事態にはならなかったのだ。
凛香が責任を感じる必要は無いと説得すること三十分。ようやく凛香はいつも通りの元気さを取り戻してくれた。
ぎりぎりのタイミングで凛香を救うことはできた優花だが、問題は山積みだ。
まずは利き手である右手の指を骨折したので、文字が書きづらい。折れた人差し指と中指以外の三本の指を使うか、あるいは左手を使わないといけないが、これが中々難しい。
治るまで一ヵ月近くかかるらしいので来月の頭にある期末考査にも影響が出てしまうだろう。
もう一つ地味に辛かったのは、スマホを右手の人差し指で操作できないことだ。ついつい癖でいつも通りにやろうとして指に激痛が走ったり、慣れない別の指を使って誤操作したりしたが、まあこれはいずれ慣れるからなんとかなる。残った問題は……。
翌朝、登校し教室に入ると、早速クラスメイトからの視線を感じた。教室の隅では優花を見てこっそり何かを話している女子達の姿。
……まあ、そうなるよな。
昨日、楓を振り切るために優花は、十八禁BL本を買ったという自分の弱点を自らばらした。おかげで凛香をぎりぎり救えたので後悔はないが、気は滅入る。
自分の席に座った優花に早速話しかけてきたのは、翡翠だった。
「よう同士! 聞いたぜ!」
「……翡翠か、何を聞いたんだ?」
まあ聞かなくてもわかるけどな……。
「昨日ようやく自分がBL好き男子……つまり腐男子だと認めたらしいじゃねえか! 俺様もその場に居たかったぜ?」
嫌味……じゃないな。
翡翠の笑顔はいつもの爽やかなもので、特に優花に同情だとか、ドン引きしている感じでは無さそうだった。
「別に腐男子? だと認めたわけじゃない。勘違いするな。俺は単純に十八禁BL本を買ったと言っただけで……あ」
また言っっちゃった……。
しかも今度はクラスメイトの大半が登校している中で。昨日優花の発言を聞いていたのは大体半分くらいだったのに、これでクラスメイトほぼ全員にばれたことになる。
「ふっ! 案ずるな同士よ! 同士が来る前俺もちゃんとカミングアウトしておいた! これで仲間だぜ!」
ぐっと親指を立てる翡翠に、優花はたらりと額から汗が流れた。
「……は? カミングアウトって何を?」
「決まっているだろ? 俺様も十八禁BL本を買ったことだよ!」
翡翠の言葉を聞いて優花は頭が痛くなった。
「……一応聞くけど、何でそれ自分で言ったんだ?」
「ふっ! 決まってるだろ? 俺様も同士のように隠さないことにしたんだ」
いや、できれば隠してくれ……頼むから……。
今この場に真央は居ないが、これが真央の耳に入ったらどうなるんだろうか?
「隠さないことにしたってことはだ、同士よ」
にやっと笑った翡翠に不穏なものを感じ、警戒していると、真央が登校してきた。
「おはよう! 珍しいね二人で話してるなんて」
「真央か、おはよう、別に話してはないんだけどな。翡翠がさっきじゅうは……」
もうどうせ真央の耳に入るならと優花の口から教えてやろうとすると、翡翠が高速で優花の口を塞いできた。がっと頭をつかまれ、そのまま教室の隅に連行された。
『何すんだよ!』
『おい! 真央にだけはばらすな! 俺様のイメージが崩れるだろ!』
イメージを気にするなら、そもそも十八禁BL本を買ったことをばらすな!
『……どうせもう真央の耳に入るぞ? だってクラス中知ってるんだろ?』
もう隠したってしょうがないだろと、諭すように言うと、翡翠はがくっと首を折った。
『……やっぱりそうか』
翡翠が、普段自信満々に行動している癖にメンタルが弱いのはマジハイのゲーム中でも同じだ。
翡翠には悪いが、真央に十八禁BL本の件を暴露して、翡翠が攻略キャラから外れるのなら、それはそれで良いのかもしれない。
昨日、竜二を攻略してしまったことで、凛香に迫った危機は何とか退けることができたが、今度別の危機が来たらまた救えるとは限らない。優花も攻略せず、真央も攻略しなかったら、きっと凛香の危機はやってこない……はずだ。
まあその場合は、白桜の叶えてくれる願いが使えないけど……。
思考がそこまで至った時、優花の目が大きく見開かれ、思わず声が出た。
「あっ!」




