乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その百一
朝から降っていた雨もいつの間にか止んでいて、外の捜索に支障はない。伊戸と仁戸率いる二チームが別荘の周辺を、そして優花と凛香、めいの三人チームは昨日行ったビーチ付近を調べることになった。
目的はもちろん二匹いるはずの猫の捜索だが、合わせて盗まれた物の捜索もすることになった。猫が盗んだ物をどこにやっているのかはさすがに優花も検討がつかなかったからだ。
それぞれのチームはメイド達が持っている無線機で連絡を取り合えるので、猫が二匹いることはすぐに確認された。
一匹は別荘の近くに立っている樹の枝にいるのを竜二達のチームが見つけた。見つかった瞬間枝から飛んで二階の窓から別荘の中に侵入し、その後竜二がすぐに捕まえたらしい。
優花の部屋含め、窓が開いている部屋があったのは、猫が侵入してきたからだったということだろう。
もう一匹の猫は優花達が砂浜の近くを探すと、海岸からは少し離れた位置にある岩陰にいた。
岩陰にいた猫は、優花達の姿を見ると、にゃーと一声鳴いてからその場を離れてゆっくりと歩き出した。
「どこに行くつもりなんですの?」
「さあ……とりあえず追いかけてみましょうか」
幸い猫は走って逃げているわけではないので、優花達は少し距離を空けて後をついていくと、猫が最終的に足を止めたのは、海岸と別荘のちょうど中間あたりにある大きい樹の根っこ付近。
猫はもう一度優花達に向けてにゃーと鳴いた後、その場に座って丸くなった。
「皆さんが盗まれた物もここにありますわね」
「ありますね……」
楓の片方だけの髪留め、奈央の片方だけの靴下、深雪のケースに入れられたスペアの眼鏡、竜二の知恵の輪が無造作に転がる中、一つだけひどいことになっている物があった。
「あー……これはもうだめだな……」
翡翠の盗まれた本……と言うかBL本は、猫の爪でがりがりに破かれたうえ、雨に濡れていてぐちゃぐちゃになっていた。乾かしたってもう読めないだろう。
「……どうするんですの?」
「どうするって言われても……」
隠していたって仕方がないので、翡翠に本当のことを言うしかない。
とりあえず盗まれた物とそして丸くなっている猫を持ちあげ回収する。
「随分人に慣れてますのね……」
「誰かの飼い猫だったのかもしれませんね」
優花が持ちあげても逃げる素振りすら見せない猫に、凛香が触れようと手を伸ばすと……。
シャーッ!
今まで大人しくしていた猫が急に威嚇の声を上げた。
「な、なんでですの!」
猫の威嚇の声に慌てて凛香が手を引っ込めると、猫は威嚇を止めた。
「ああ、上からいっちゃだめなんですよ」
「なんだ、そういうことでしたの!」
優花の一般的な猫を触りにいく際の注意を聞いて、今度こそ触れようと今度は横から凛香が手を伸ばすと……。
フシャーッ!
猫はさっきよりも強く凛香を威嚇していた。
「だから、なんでですの! ちゃんと横からいきましたわよ!」
「そうですね……あと嫌われる原因としては匂いですかね。猫の嗅覚は人間と比べればすごいらしいんで」
「匂いですの?」
くんくんと自分の腕や髪の匂いを嗅いだ凛香は、すぐに小首を傾げた。
「変な匂いはしないと思いますけれど……」
「ちょっとすいません」
優花が一歩近づき、すんと匂いを嗅いでみると、凛香から若干香水の香りがした。
「凛香さん香水つけてますよね?」
「……ええまあ、少しですけれど」
高校生だからと化粧はしない凛香だが、香水はこうしてたまにつけることがある。気分によって香水を変えているらしく、今日の香水の匂いがたぶん猫の嫌いな匂いだったのだろう。
「じゃあそれですね。噛まれたりするかもしれないんで、凛香さんは猫に近づかないでくださいね」
「はあ……わかりましたわ……」
とても残念そうではあったが、さすがに噛まれたくはなかったのか、凛香は猫に触るのをあきらめたみたいだった。
無線で連絡を取り、猫を抱えたまま別荘に戻ると、別荘の入り口で同じく猫を持った竜二達と合流できた。
「……本当に瓜二つっすね。見比べても違いがわからないっす」
「そうだな……」
優花が持つ猫と、竜二が持つ猫。二匹を並べてみると、全身真っ黒の毛色といい、体の大きさといいほとんど一緒で、同じ猫が分身でもしているように見えた。
たぶん親子ではなく、伊戸と仁戸のように双子なのだろう。
「猫が二匹いたのはわかりましたけど、楓の髪留めはあったんですか!」
さすがの楓も目の前に猫が二匹いるのを見せられては、猫犯人説に異論を唱えるつもりもなくなったらしい。
「ああ、めいさんが持ってるよ」
優花が目配せをすると、めいがそれぞれの盗まれた物を手渡し始めた。
「ちょっと濡れちゃってますね……」
「あたしの靴下はちょっとどころじゃないぞ……」
「自分の眼鏡は無事だな。ケースごと持っていかれたのが良かったのかもしれないな」
「おれの知恵の輪も大丈夫っすね」
楓、奈央、深雪、竜二が自分の持ち物を回収しそれぞれの反応を見せる中、いよいよ最後の一人に猫に盗まれた物が返還された。
「…………」
翡翠は本の状態を見て、ショックで何も言えなくなってしまったようだった。
がっくりと肩を落とし、本の残骸を手に持つ翡翠が痛ましい。
どう声をかけていいやらわからず、ちらっと真央の方を見てみたが、真央は首を横に振った。真央もどうすれば良いのかわからないみたいだった。
このままそっとしておこうかとも思ったが、翡翠に落ち込まれたままでいられると、この後みんなで楽しく過ごすこともできなくなるので、とりあえず声をかけることにした。
「あー……その……残念だったな……」
「……同士」
「戻ったら……」
そこまで言いかけて優花の脳裏に出てきた選択肢は二つ。『また買えば良いだろ?』と『遊びに行こう』だった。
また買えば良いと言おうとして……すぐにやめた。もう手に入らない限定のものかもしれないし、無神経かもしれないと思ったからだ。
「……遊びに行こう。だから元気出せ」
必然的に残った選択肢を選ぶことになり、翡翠の肩をぽんぽんと叩くと、翡翠がばっと顔を上げた。
「マジか! それじゃあ戻ったら俺様の買い物に付き合ってもらおうか!」
「えっ? あっ……お、おう……」
一瞬前まで本が猫にぐちゃぐちゃにされ、ショックを受けていた様子の翡翠だが、優花が遊びに行こうと言うと、すぐさまテンションが上がったようで、すっかりいつもの調子に戻ってしまっていた。
「とりあえず池袋の店巡りだな!」
「……お前もブレないな」
もしかしなくてもBL本を買いに行くつもりだろう。
まあ……いいか。
とりあえず翡翠の盗まれた本がぐちゃぐちゃになってしまった件も解決し、残すは……犯人の処遇だった。
「ええと……この猫はどうしようか?」
よしよしと二匹の猫を撫でながら皆に問い掛けたのは真央。
「誰か引き取れないのか? このままここに残していくわけにもいかないだろ?」
優花が翡翠や深雪、竜二の顔を見回してみると、全員難色を示していた。
「俺様の家はもう猫がいるからなあ……」
「自分の家は猫は無理だ」
「おれの家もきついっすね……」
翡翠、深雪、竜二が無理とわかり、楓と奈央を見てみたが、二人共すぐにぶんぶんと首を強く横に振った。
「いやいや! 楓の家も無理ですよ!」
「あたしの家も無理だ! 面倒を見られる自信がない!」
堂々と情けないことを言う奈央に、ため息をつきつつ、凛香を見てみると、凛香は顎に手を当てて考え込んでいた。




