乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その百二
「凛香さん?」
「何と名前をつけるべきでしょうか? 黒だと両方に当てはまってしまいますし……ここは虚空院家の猫として相応しい高貴な名前を付けてあげなくてはいけませんわね……」
おそるおそる凛香に声をかけてみると、凛香が何を考え込んでいたのかが判明した。
凛香はどうやらこの猫達の名前をどうするかで考え込んでいたらしい。
「虚空院家のってことは、引き取ってくれるんですか凛香さん?」
「ええ、元々ここはわたくしの家の別荘。猫を二匹も放置しておけるはずもありません。そうですわね?」
凛香が確認をとるように見たのはめい。
めいはただ嬉しそうににっこりと笑って頷いていた。
良かった……。
これで丸く収まりそうだと、皆の雰囲気が安堵から弛緩したものになりかけていると、話の行方を見守っていた伊戸が凛香の前に出てきた。
「お嬢様……それでしたら私達にこの猫の世話をさせていただけないでしょうか?」
私達というのはもちろん伊戸と仁戸のことだろう。
伊戸の意外な申し出に凛香は若干怪訝そうな顔になっていた。
「あなた達にですの? あなた達はお母様達のお世話があるでしょう?」
凛香が引き取るのに、基本的には凛香の両親の世話を担当している伊戸と仁戸が、猫達の面倒を見れるはずもない。
「それは問題ありません。奥様達はしばらく戻って来られるそうですから」
伊戸のその発言を聞いた凛香の反応は劇的だった。
目を大きく見開き、頬は紅潮させ、今までで一番嬉しそうな顔を見せた凛香に、メイド組と優花を除くその場の全員がぎょっとした。
「アイスクイーンでもあんな顔するんだな……」
「よほど母親との関係が良好なのだろう」
「普段あんなにきつそうな顔してるのにな!」
「マザコンってやつですよね!」
「楓ちゃん! そういうこと言っちゃダメだよ?」
翡翠、深雪、奈央に楓がそれぞれの反応を見せ、真央が楓を注意する中、優花は一人思考に没頭していた。
凛香の両親が帰ってくることが意味するもの、それは凛香にとってのバッドエンドが迫っているということだ。マジハイのゲーム中、凛香の両親が話しに絡んでくるのは基本的には凛香のバッドエンド関係しかない。凛香の両親が帰ってくるという伊戸の知らせは、不吉の知らせのようにしか思えなかった。
……いや、落ち着け。今のところ俺が心の欠片を持っているのは竜二の物だけ。竜二エンドでの凛香さんのバッドエンドの運命からは助け出せたはずだ……。
他には誰の攻略もしていないのだから、大丈夫だと思おうとして、それも違うとすぐに気が付いた。
だめだ。真央が誰かを攻略している可能性がある……。
真央は当然、マジハイの……つまりこの世界の主人公。真央が攻略したキャラのルートでのバッドエンドが凛香に襲い掛かってくることは十分にありうる。
昴との接点はあまりなかったはずなので、真央が攻略した可能性があるのはやはり翡翠か深雪ということになる。ただ、どちらもそんな素振りは見せていないので、真央はまだ誰も攻略していない可能性が高いはずだ。
ただの考えすぎか……。
凛香のバッドエンドとは無関係に、両親が帰ってきただけだろうとひとまず楽観論で、自分を落ち着かせていると、真央が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「ゆうかくん? 大丈夫? 顔色悪いけど?」
「ああ、うん、大丈夫、大丈夫。何でもない、少し考え事してただけだから……」
心配してくれている真央に申し訳なく思いながら、優花は誤魔化し笑いを浮かべ、なんでもないようにひらひらと手を振った。
「そっか、それなら良いんだけど……何かあったらいつでも相談に乗るからね?」
「ああ、ありがとう」
さすがは主人公……なんて言い方をしたら真央に失礼だろう。さすがは主人公ではなく、さすがは真央なのだ。
真央の優しさに感謝しつつ、笑みを交わし合っていると、何かを感じ取ったらしい凛香がばっと優花達の方を振り向いた。
「そこ! 何をしているんですの!」
「いや、別に何も……」
「と、特には……」
凛香の威圧的な雰囲気に優花と真央がたじろいでいると、ぱんぱんとめいが手を鳴らした。
「お嬢様、とにかく犯人も判明したことですし、盗まれた物も戻り事件も解決しました。明日の昼頃には帰るのですから、今のうちにバカンスを楽しんでおいた方が良いかと」
ああ、助かった……。
めいの助け舟に心底安堵していると、凛香はふるふると首を横に振った。
「いえ! 事件は解決していませんわ!」
「ええと……まだ何か盗まれた物とかありましたっけ?」
凛香の発言を聞いて優花が皆の方を見ると、全員心当たりが無いようで首を横に振って否定していた。
「他に盗まれた物は無いみたいですけど?」
「わたくしが言っているのは、犯人に対する罰の話ですわ!」
……犯人に対する罰?
「いやいや、今回の犯人は猫ですし、罰を与えるのは……」
「そうですよ! 猫ちゃんがしたことなんですからここは許してあげないと!」
意外にも優花の援護をするように口を挟んできたのは楓。……まあたぶんただ猫が好きなだけだろう。他の皆も全員猫のしたことだからと許す派らしいが、凛香に多数決は通用しない。
「ダメですわ! 罪にはしかるべき罰を! これは必要なことなのですわ!」
猫に罰を与えるべきという凛香の主張に、全員の顔が曇る中、竜二がすっと手を挙げた。
「……あの、質問なんすけど」
「なんですの?」
凛香の冷めた視線が竜二に注がれ、竜二が一瞬びびっていた。凛香に見られただけでびびったのが恥ずかしいのか、竜二はすぐに咳払いを一つして誤魔化し質問に移った。
「っ! ……ごほん。……あー……虚空院の姉御は具体的にこの猫にどういう罰を与えるつもりなんです? やっぱり頭叩くとかっすか?」
具体的にどういった罰を猫に与えるつもりなのかというのはたしかに重要なことだ。内容次第では皆が凛香の主張に賛同できるようになるかもしれない。
ちらっと凛香の方を見てみると、凛香は「ふう……」と露骨にため息をついていた。
「そんな野蛮な発想をこのわたくしがすると思いまして?」
「ぐっ!」
発想が野蛮だと言われた竜二が、悔しそうに呻く中、凛香はびしっと竜二に指を突きつけた。
「わたくしの提案する猫に対する罰……それは!」
タメを作った凛香に、すかさず優花が合いの手を入れる。
「それは?」
凛香がどんな罰を言い出すのかと、ごくりと全員が生唾を飲み込むなか、凛香はばっと猫に向けて手を前に出し、ポーズを決めた。
「決まっていますわ! ……犯人に対する罰……それはお説教ですわ!」
『…………』
皆が呆れ半分、がっかり感半分といった感じで沈黙する中、やっぱりこの世界で一番可愛い生き物は凛香さんだなと優花はしみじみと思ったのだった。
馬の耳に念仏ならぬ、猫の耳に説教。凛香による直々の説教は十分ほど続き、凛香が「わかりましたの!」と最後に猫に確認をすると、猫達は元気に、
にゃあ!
とだけ鳴いていた。
「ふう、どうやら反省したようですわね! さあこれで事件も解決しましたわ!」
「いや、反省はしてないと思いますけどね……」
猫の鳴き声を聞いて、満足した様子の凛香に優花は頬を掻く。
猫の捕獲と盗まれた物の捜索でそれなりに時間が経っているため、今はもう夕方。もうすぐ外にも出れなくなる時間だ。
ちなみに猫の名前は凛香によるお説教の途中で凛香が決め、よく見れば目つきが少し鋭い方が新月で、あまり俊敏には動かない方が朔らしい。




