第九話
ケイは自分がずぶ濡れのままでいたことを思い出した。岸に上がって早々、ウェラに揉みくちゃにされ、お説教をして。事態に追いつくのが精一杯だったから、すっかり忘れてしまっていた。
しかし改めて気付いてしまうと、濡れた衣服が肌に張り付いているのはやっぱり不快だ。それにいつまでもそのままでいたら、風邪をひいてしまうかもしれない。
ケイがシャツを脱ぐと、ウェラは驚いて大声をあげた。
「うわっ?!ケイが脱皮した!」
「違うよ?!」
ケイもつい、大声で叫んでしまう。しかしどう違うのかと聞かれれば、上手く説明できる自信はなかった。
ケイがシャツを絞るのをウェラはまじまじと見つめている。ウェラの興味は主に、ケイのおへその辺りにありそうだったが、かたく絞られて水が滴るシャツも気になるようだった。
「ほら、僕らには毛皮がないから。服って言って、こういうのを身に着けて、寒さや怪我を防ぐんだ」
「ほぉ〜?」
しきりに頷くウェラだが、果たして理解できているのか、いないのか。
「もっと毛を生やせばいいのに」
「無茶を言うなぁ〜……確かに人によっては、毛の多い人もいるだろうけど。あとは、もっと大人になれば、生えてくるとか、こないとか……」
「だったら、ケイよりもウェラの方が大人だね!」
さっきからの言動を見る限り、ウェラの方がよっぽど子供っぽいのだが、ケイはそれを指摘するのをどうにか我慢した。
一度絞ったシャツをタオル代わりに、頭から顔、腕、脇と身体を拭いてゆく。下半身はどうしたものかと考えた末、さっきおへそに注がれたウェラの視線を思い出して、短パンの上から拭くだけに留めておいた。
改めて絞ったシャツを広げて、ぱんっ!とはたく。音に反応してウェラの耳が跳ね上がり、そこからも細かな水しぶきが舞い散った。
幸い日は高く、陽気はいい。この分なら、その辺りの岩の上にでも広げておけばすぐに乾くだろう。
ケイは服が乾くのを待つ間に、今後の行動をどうするのか、もう少し詳しく考えておくつもりだった。
「ウェラは、どっちから来たの?」
人に会ったことがないというウェラが来た方向に行くのは、人を探すのにあまり得策のようには思えない。ウェラが来た方向とは逆に行ってみるのがいいだろう。その結果、おそらくはウェラのいた群れからは遠ざかることになるだろう。だけど、ウェラ自身が元の群れに無頓着そうなのと、他の人に会ってみたいと思っているみたいなので、その点についてケイは目をつぶることに決めた。
ウェラは少し考えてから、崖沿いの一方を指して答えた。
「えっとねぇ……あっち。川に沿って歩いていたら、ケイを見つけたの」
そう言われてケイは初めて、湖の端から崖沿いに一筋の川がゆっくりと流れているのに気が付いた。
「でも、その前……川をみつける前は平原だったんだけど、平原のどっちから来たかとか、ちょっと分かんないや……」
ウェラが申し訳なさそうに呟いた。
平原なら目印になるようなものも少なく、覚えてなくても仕方がないのかもしれない。それよりもケイは、ウェラが何かを追いかけるのに夢中になっているうちに迷子になってしまったのだろうと、容易に想像できてしまい、笑いをかみ殺すのだった。




