第七話
なるべく相手を刺激しないように注意を払いながら、ケイはお説教をした。
「いきなりあんなにされたら、誰だってびっくりしちゃうから、ね?」
「ごめんなさい……めずらしくって、おもしろくって、気持ちいいものだから、あたし、つい、興奮しちゃって……」
ケモノは一応、自分なりに反省しているようだった。垂れ下がった耳としっぽも、完全に重力にされるがままになっている。
びっくりしてしまったのは本当のことだったし、何度もあんなことをされてはたまったものじゃない。
でも、害意が無いのはよく分かった。あれだけこねくり回されたにも関わらず、ケモノの太くて硬い爪はケイの頬を一切傷つけていない。
今だって太いしっぽを抱えてもじもじする仕種は可愛らしいものだ。
ただ、ケイの姿を見てそれだけ興奮するということは。
ケイは思い切って、気になっていたことを尋ねてみた。
「それで……君はやっぱり、人を……僕みたいなのを見るのは、初めてなの?」
「うん、初めて!」
またしっぽを振りみだして、ケモノは快活に答えた。
「そっか……」
ケモノの反応から薄々察していたとはいえ、その答えにケイは肩を落とした。
つまり、ここには、人は、いない。
その現実に改めてケイは打ちのめされるのだった。
この不可思議な世界に放り込まれて早数日。
なんとなくそんな気がしていたものが、少しずつ明確な輪郭を持ち始めていた。
「もしかして……キミも迷子なの?」
ケモノが顔を覗き込んで尋ねてくるが、ケイにはそれを否定できない。不承不承、頷くさなか、ケイはふと、気がついた。
「キミも……ってことは……君も?」
言われてようやく思い出したように、ケモノは照れながら答えた。
「ウェラはね、ちょうちょがひらひら〜って飛んでいたから、それを追いかけてたら、いつの間にか、群れからはぐれちゃって……えへへ」
そう言ってウェラと名乗ったケモノは身振り手振りを交えながら説明して、最後には笑っていた。まるでそれはよくあることで、大したことではないとでも言いたいかのように。
「ウェラ?」
「うん、あたし、ウェラ。あ!キミはなんて名前なの?」
「僕?僕は、ケイ」
「ふーん?」
ケイが名乗るとウェラはケイの腰の辺りから首筋まで、すんすんすん、と鼻を鳴らして、嗅いで回った。
「ケイ、覚えた!」
「う、うん?」
それは名前を、ということではなく、個体としてケイのことがウェラの中で情報登録されたのだ、ということが、何となく察せられた。
「ケイはお空まで飛んで、どこに行くの?群れに帰るの?」
ウェラの他愛もない質問に、ケイは少しだけ考えこんでしまう。
「うん、そう……だね。人を……僕の仲間を探さないと……きっと僕一人きりじゃ、生きていけないから」
答えながらケイの胸の中には一つの不安が湧き上がっていた。
すなわち、この世界に、本当に人間はいるのか?
ケイが見上げた青空には、薄っすら白い月がかかっている。よく見慣れた、兎がお餅を突いていそうな月だった。




