第六話
ケイが岸辺に上がるのをケモノは目をきらっきらと輝かせて見守っていた。太いしっぽがわっさわっさと揺れる度に、水滴が辺りに飛び散る。
「すごいね!すごいね!空も飛べて、泳ぎも出来るんだ!」
ケイはすっかり興奮した様子のケモノに圧倒された。
「飛んだんじゃなくて、崖から落ちただけなんだけどね」
ケイが苦笑いで返しても、ケモノの目の輝きは一向に褪せない。
言われて思い返せば、ほんのついさっき、本気で死を覚悟した瞬間があったばかりだ。それなのに、そんな人生の一大事が今、早くも笑いの種に成り下がろうとしていた。
ケモノの眼差しには好奇心と共に、尊敬に近い憧れもたっぷりと含まれていて、そのどちらをとってもケイには気恥ずかしさが込み上げてくる。
「えっと、僕のこと、助けようとしてくれたんだよね?ありがと」
感謝を述べ、握手を求めるケイの手をケモノはまじまじと見つめる。
あぁ、握手という文化がないのかと、ケイはすぐに思い至ったが、それにしてもケモノは真剣そのものだ。食い入るように見つめる視線が指先から腕へ、そして肩口から顔面へと、徐々に徐々にのぼってゆく。
視線と一緒にケモノの顔も、もとい、身体全体がずいっとケイの方へと寄ってゆく。
「な、何?」
ケイは思わず差し出した手を引っ込め、身を引いてしまった。
「毛が、ない……?」
「ケガ?」
ケモノの言葉を繰り返して、でもすぐにケイは自分の勘違いに気がついた。しかし、ケイが答える暇もなく、ケモノの言葉は続いた。
「つるっつるだぁ……カエルみたい。ねぇ、それ、寒くないの?あ、もしかしてさっき飛んでた時、お日様に近付き過ぎて焼けちゃった?」
「その、えっと……元からこんなだから。平気」
ようやく答えられたケイの言葉に納得したのか、ケモノはコクコクと頷く。それでもなお、視線はケイの顔へと真っ直ぐに注がれている。あまりにも見つめられてたじろいだケイが、もう一歩、下がろうとしたところに、ぷにっっと、その両頬に触れるものがあった。
「ふわぁぁ……ぷにっぷにだぁぁ……やぁらかぁ~ぃ……」
感心しきりでケモノはケイの頬っぺたをこねくり回していた。太い三本の爪と大きな肉球、それから濡れたままの毛からなる手のひらが二つ、右から左から、ケイの頬っぺたを揉みしだく。
「ちょっ、待っ……止め……止めて!」
ケイが身を捩って逃げようとしても、二つの大きな肉球がケイの顔をもっちりと挟んで離さない。
「もう、止めてってば!」
ケイがケモノの両手を掴んで引き剥がす。両手を思いっきり左右に開くと、勢い余ったケモノが前のめりになって、お互いの鼻の頭がゴツンとぶつかってしまった。
「きゃっ!?」
「痛っ」
そんな大げさな衝突ではなかったが、ケイは反射的に自分の鼻の頭をさする。ケモノもようやく我に返った様子で、急に大人しくなっていた。




