第五話
ふらふらと2、3歩進んだところで、ケモノは両手を振り回しながら後ろ向きに倒れてしまった。派手な音を立てて水に沈んだケモノは、更に派手な音と水飛沫と、悲鳴とを上げてもがいている。
ついさっきまで膝に水面がかかるかかからないかくらいのところだったし、それにまだ岸辺からほとんど離れていない。それほど水深が深いわけではないだろうし、岸に戻ることも難しいとは思えない。
パニックを起こしているのは察せられるけれど、それにしたって大袈裟な……と思わせる溺れっぷりだった。
呆気に取られていたケイがようやく、助けに行った方がいいのだろうか?と思い至った頃に、ケモノはどうにか自力で岸辺に這い上がっていった。四つん這いのまま、むせかえりながら肩で息をしているのが遠目にも分かった。随分と縮んでしまったように見えるのは、単に濡れた毛が体に張り付いてしまったから、というだけではないだろう。
ぶるぶるっと全身を振るわせるとケモノは立ち上がり、ケイに向かって叫んだ。
「大丈夫!すぐに助けるからね!」
そう言って再び水の中へと足を踏み入れようとする。しかし、その動きはとてもゆっくりだ。足を滑らせないようにと慎重になったのか、それとも一度溺れて怖くなったのか。
それでも、再び水の中を進み始める。水面を見つめ、ゆっくりと、慎重に、着実に。
それもこれも自分で言ったことを実行するためだ。
泳げるのかどうかも怪しいケモノは今、ケイのことを助けようとしているのだ。
「だ、大丈夫だから!」
ケイが叫ぶとケモノは顔を上げた。
叫んだはいいもののその後のことは何も考えていなかったケイと、困惑気味のケモノ。
二人の視線が重なり、しばらく見つめ合う。
ケモノは躊躇いがちに何か呟いたようだったが、ケイの耳には届かなかった。
「ボクは大丈夫だから。岸に戻って」
もう一度ケイが声を上げるが、それでもまだケモノは心配そうな目線を送ってくる。自分が助けると言った手前もあるのだろう。自分が水の中にいる限り、その心配が解けることはなさそうだと悟ったケイは、ゆっくりと水を掻いて岸を目指した。
「おお〜っ!」
ケイが水の中を進み始めると、小さく歓声が上がった。ケモノの垂れ下がった耳がひょこっと持ち上がる。
泳ぐケイのことをもっとよく見ようと身を乗り出して、また転んでしまう。慌てて岸辺に這い上がり、ぶるぶると身震いするケモノの姿を見ていると、ケイはなんだか可笑しくなってくるのだった。




