第四話
ケイは最初、それを人間だと思った。遠目では自分と大差ない大きさで、二足歩行していたように見えたからだ。しかしよく見れば全くもって違う。
まず、全身が毛むくじゃらだ。毛皮のコートか何かを着ているのかと思ったら、むしろ何も身に着けていない。真っ裸だ。薄いブラウンの毛並みは、どことなく昔可愛がっていた猫のことを思い出させた。腰の後ろでゆっくりと揺れているしっぽは狼か狐のそれのようで、太くてふさふさで柔らかそうだ。やけにボリュームの多い横髪に見えたのも、どうやら厚みのある耳がこめかみの辺りから垂れているようだ。決定的だったのは横顔で、口と鼻は犬のように顔面から少し突き出していた。顔の作りそのものが人間とは違っていたのだ。
一言で言えば、現れた人影は人間ではなく、ケモノだった。それもケイが見たことも聞いたこともないような種類のケモノだ。それがそわそわしながら何かを探すように辺りを見回している。
しっぽや耳など、一部を切りとって見れば可愛いといえるかもしれない。しかし得体の知れないもの、それも肉食の獣を連想させる特徴を備えたものを目の当たりにして、ケイの全身に緊張が走った。未知のもの、それも多少とはいえ人に近い姿をしたものへの興味もあった。それでもやはり、警戒心の方が圧倒的に勝っている。
ケイの頭の中ではさっきから警鐘が鳴り響いていた。どうにかあれに見付からずに、速やかにこの場を離れるべきだと全身が訴えている。しかしケイはいまだ水の中だ。下手に動けばきっと水音を立ててしまい、こちらに気付かれてしまうだろう。
そんなことを考えて動こうにも動けずにいるうちに、結局見つかってしまった。明らかにケイの方を凝視して、小さく跳ねたあと、忙しなく手を振り回している。今にもこちらへと飛び掛かってきそうな勢いだ。
相手の出方が分からないので、目は離せない。無意識のうちに水を蹴って後ろの方へと、距離を取ろうとしていた。
不意にケモノが叫ぶ。
「キミー、ダイジョーブー?」
ケイはケモノが言葉を喋ったのにも、ケモノに心配されていたのにも驚いた。何故言葉が分かるのかは分からない。でも心配しているのは実はフリで、油断して近付いてきたところをガブリ!といくのではないか、という考えにはすぐに行き着いた。ケイの警戒心は更に強まり、そのせいで岸辺のケモノへの対応が分からなくなる。
ケイが何も応えられずにいるとケモノは、
「すぐに助けるからね!」
と叫ぶと、不安げに辺りを見回してから恐る恐る、水の中へと足を踏み入れた。両手を大きく広げているのは、足下が悪く、バランスを取ろうとしているのだろう。なんだか危なっかしいなとケイが思った矢先だった。
「きゃぁっ!?」




