↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
りふぁいんど  作者: 谺響
PR
3/10

第三話

ケイが宙を舞った時間は決して短いものではなかった。思考を働かせるだけの時間はしっかりとあった。

差し迫る死の実感はあった。同時にこんなにもあっけないものなのか?という疑問もあった。

さっきまであんなに必死に走って何かから逃げていたというのに。

いや、その前だって。

ここまで少なくない理不尽があった。知らないうちにこんな訳の分からない所に放り込まれたというのが、その際たるものだ。

それでも時には耐え、時には目を瞑り、時には呑み込んで。

どうにかこうにかやって来たのだ。

そうやって地道に積み重ね、繋いできたものが今、全てご破算になろうとしている。

天に向けて伸ばした手はどこにも届かず、誰かに掴んでもらえることもなかった。

よく晴れた青空が不意に滲んで、ケイは強く歯をくいしばり、目を閉じた。

すぐに激しい音と共に衝撃がケイの背中から全身を駆け抜ける。間髪入れずに全身にまとわりつく不快な感触。

死ぬというのはもっと痛かったり、苦しかったりするものだと思っていたから、ケイはすぐにそれが違うということに気が付いた。

目を開き、開きかけた口は慌てて閉じた。自分が水の中にいると一瞬で理解できたからだ。


――まだ、死んでない――


でもこのままでは溺れて、やっぱり死んでしまう。

閉じかけていた思考と共に身体もすぐに動き始めた。がむしゃらに手足を動かして、上ってゆく気泡を追いかける。身体中あちこち水草がまとわりつき、水を掻いた分だけケイの肌を引っ掻いてゆく。

幸いなことに明るく揺らめく水面はそれほど遠くはなく、息の続くうちに空気のある世界に帰ってくることが出来た。


「ぶはぁっ!」


大きく息を吐き出して、その分、新鮮な空気を吸い込む。一緒に顔を伝う雫も吸い込んでしまい、むせかえってしまった。それでも。


「ははっ……生きてる……」


ようやく一息ついたケイは、知らないうちに笑いをこぼしていた。

ずぶ濡れで頭の先から滴り続ける水も、息も絶え絶えで一呼吸ごとに喉を襲う痛みも、その一つ一つがこれが現実であると保証していた。

掌を握って、開いて。その手で生の実感を改めて確かめる。手の中にはやっぱり何もないが、生は拾えた。死なずに済んだのだ。あんなに高い崖の上から落ちたというのに、五体満足無事でいられたのは奇跡と言うより他にない。

そびえる崖を見上げているうちにだんだんと息も落ち着いてきた。急に肩の力が抜けてきて、身体を起こしているのも億劫になってくる。早く水から上がった方がいいのだろうけれど、いっそ揺れる水面に全身を預けてしまいたいとさえ思っていた。ついさっき、水中であれだけ動いていた頭と身体が、それは今この時の前借りだったのだと言わんばかりに、頑として働かない。

ざっと見回した感じでは、湖と呼ぶほどではない、けれどもどちらの岸辺に上がるにせよ、そこそこ泳がなくてはならないくらいには大きな池だった。深さもかなりあることをケイは既に身をもって知っている。水は綺麗で透き通っているけれど、そこかしこで大量に水草が生い茂っているせいで底は見えないし、水の中に何がいるかも分からない。

もしかしたら巨大で凶暴な魚や、危険な吸血ヒルなんかがいるかもしれない。

かもしれないで言いだしたらキリがない。でも、もしも何かに襲われた時に水の中にいるのと陸の上にいるのとでは随分と違ってくる筈だ。ケイは泳げないわけではないが、とりたてて泳ぐのが得意というわけでもなかった。

はじめからそうする以外の選択肢はなかった筈なのだけれど、ケイが岸に上がろうと踏ん切りをつけるまでには随分と時間がかかっていた。

それなのに。ケイが目指した岸辺には、ようやくの決心に待ったをかけるものがひょっこりと顔を出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。