233.機密蔵書閲覧
ミコトがロイを文字通り押し倒した次の日、ロイとミコトとリントは女性騎士養成所の視察に来ていた。
9月から始まったばかりの女性騎士養成所は、志願者がまだ少ないため入所試験は行わず、男ばかりの騎士養成所より実技が少なく座学が多いのが特徴だ。
騎士養成所は9歳から13歳になるまでの4年だが、女性騎士養成所は11歳から14歳になるまでの3年だ。
この事からも分かる通り、女性騎士に過剰な強さは求められておらず、基本的な体術と剣術を身につけた普通の女性でも出来る内容となっている。
「私、講師やりたいなぁ……」
練習場で木剣の素振りをする女の子たち10人を見ながら、ミコトは呟く。
「却下!」
リントはミコトをチラリとも見ずに、強い口調で言う。
「なんで……」
「あの10人全員辞めてしまうからだ!」
リントの言葉に、ミコトは不満げにロイを見る。
「俺も賛成出来ないな……。ミコトはちょっと力が強いっていうか、昨日は骨折しそうだったし……」
ロイは腰をさする動作をしながら言う。
「お前、ロイさんに何やったんだよ……」
リントは顔をしかめてミコトを見る。
「だって、押し倒すって聞いたから、ロイを押し倒すには生半可じゃダメだと思って……」
ミコトは小声でボソボソと言う。
「ああ、そういう理由であのパワーだったのか……」
ロイは妙に納得して呟いた。
ミコトの意味不明行動もミコトの中ではちゃんと理由があるようだ。
「……視察はコレで終わりですけど、2人はこの後は図書館でしたっけ?」
リントはロイとミコトの会話が夜の話だと理解し、話題を変える。
「うん。ミコトは直帰で、俺は……」
「ロイさんも直帰でいいですよ。本を読んだ後のロイさんは使い物になりませんからね」
リントの言いように、ロイとミコトは苦笑する。
リントは父親になってから、ますます仕事に打ち込んでいるように見える。
マリーも夜もあまり眠れずにルリちゃんのお世話をしていると聞いてるし、なんだか親になるってすごいなぁ、とミコトは思っていた。
第1の国立図書館は、政務棟の後方に位置している。
ミコトは以前来た時、1階の誰でも閲覧できる冒険者の本を読んだが、今日は機密蔵書のため、司書の人に地下の部屋に案内される。
「こちらです。閲覧のみで貸し出しは不可です。私はこちらに控えていますので、終わりましたら、お声掛けください」
50代の男性司書は、そう言うと頭を下げて隣の小部屋に入っていった。
機密蔵書部屋は6畳ほどの狭さで、10冊の本が鎖に繋がれた状態で真ん中の本棚付きの机に置いてある。
椅子はちょうど2脚あり、ミコトとロイはそれぞれ腰掛ける。
特に何も言わず、ロイは「1」と書いてある本を開き読み始める。
きっと頭に力を回しているのだろう。
続き物ではなさそうなので、ミコトは「6」を手に取り、読み始めた。
どれぐらい時間が経ったのだろうか。
男性司書に、「もう閉館時間です」と声をかけられ、ミコトとロイはハッと顔を上げた。
「ミコト、どこまで読んだ?」
「6から10の途中まで……。ロイは?」
「俺は1から5の最初まで」
ロイは男性司書を振り返る。
「すみません、あと5分いいですか?」
「あ、はい。5分でしたら……。ここでお待ちしています」
ミコトは「5分で読める?」とロイにきく。
「最大限に頭に力を回して、5と10の残りを読む」
ロイは少し目を閉じた後、本のページをパッパとめくり出す。
本が大の苦手なのに、本気を出したらちゃんと読めるんだな、とミコトはロイを見つめる。
きっとセタの力になりたいのだろう。
兄弟っていいな……。
男の子2人というのも、いいな。
ああ、ロイの子どもが欲しいなぁ……。
ミコトとロイは、自宅のリビングのテーブルに向かい合わせに座り、夜ご飯に買ってきたピザを食べながら、本の内容を話し合った。
300年前の戦争が起きる前のエラルダの王族や貴族の生活。
王族と貴族のみで構成されていた騎士団。
当たり前のように存在していた、ささやかな力を持った「適性者」の人々。
ハズレ能力と揶揄された特異体質の人々。
「適性者」の一部、自然の力を自分の体力に変えることが出来て、他人の治療を行ったごく少数の人。
そして、神様が「適性者」全員から力を奪って、古代魔法を使える5人を作り出した話……。
「神様、力を奪ったんだね……」
ミコトは、何一つ重要な事を言わなかった「神様」を思い出しながら言う。
「初代アリアンが決別した理由も分かるかな……」
ロイは呟くと、ふーっと息を吐く。
「やっぱり、かなり疲れた?」
ミコトはロイを心配そうに見つめる。
「正直、疲れた……。闇組織の拠点を潰して回る方がマシ……」
ロイの中で、本を読むという作業は、闇組織を一晩で壊滅させることより大変な事のようだ。
「回復しようか? ロイの力、結構入ってるから……」
「え? いつ入ったの? 今日特に何もしてないよね?」
ロイの不思議そうな顔に、ミコトは顔を赤らめて下を向く。
「本を読んでいるロイがカッコよかった……」
「あ、そうなんだ……。ミコトには俺の何がささるかよく分からないなぁ」
ケーキを食べさせられたり、本を読んだり、これらの何がいいのか、ロイ自身にはさっぱり分からない。
「……あのさ、ロイ、私って、古代魔法を使えちゃうの?」
下を向いたまま尋ねるミコトに、ロイは微笑んだ。
「その可能性はあるかな。試してみたい?」
「ううん。試さない」
「おお、即答……」
ロイは両肘を机についてミコトを覗き込む。
「前にアレンさんが言ってたから。人を殺められるほどの力は使わないでくれって……」
「あー、そうだね」
ロイは、変な魔法の時か、と頷く。
「使う者次第……か」
ロイは呟く。
ミコトがクソ真面目ということもあるが、これはやはり、アレンをはじめ、聖女やリントやマリーや騎士団員たちがミコトを大切にしてきたからである。
いや、ミコトだから大切にされたのか、どちらにしろ、ロイやセタのいなかった5年間は大きい。
だからこそ、ここからは……。
「ミコト、回復してもらってもいい?」
「う、うん!」
ロイの言葉に、ミコトは顔を上げてロイの手を握ろうとする。
ロイはその手をそっと掴んだ。
「前にやってくれた口からがいいなぁ」
「え、あ、じゃあそっちに……」
ミコトは少し顔を赤くして、テーブルをまわろうとする。
ロイは微笑むと、ミコトの手を掴んだまま、ふわっとテーブルを飛び越えた。
そして、間髪入れずに、ミコトにキスをする。
「んんっ!? んー……」
ミコトは、もーしょうがないなー、というように目を閉じる。
ロイの体の中に、温かい力が入ってくる。
このキスで回復をする方法はロイだけの特権なのだ、とロイはミコトを強く抱きしめた。




