229.マリーの出産
エラルダには、誕生日をお祝いするという概念が存在しない。
いつ産まれようが、成人祭がある9月にみんな一斉に1つ年をとり、生涯のうちに年齢をお祝いするのは成人の15歳だけなのである。
そんな訳で、ミコトとセイラも9月になった時点で同時に16歳になり、ロイは26歳、リントは23歳、マリーは21歳になった。
先日、妊娠が判明したシェナは34歳、セタは31歳である。
そして、町が成人祭で盛り上がっている慌ただしい日に、マリーは元気な女の子を出産した。
セイラとマリーの希望で、出産は聖女棟で行われ、産婆さんと騎士団救護班長で医者のシーマ、セイラの侍女2人、聖女のセイラと出産の勉強のためのミコトが、出産を見守った。
「産まれたよ! 女の子!」
ミコトは聖女棟の階段を飛びおりるように下り、1階の男性たちに伝える。
と、同時にミコトの横をリントがものすごいスピードで通り過ぎた。
1階に残ったアレンとキダンとロイはホッと胸を撫で下ろしている。
出産は命の危険を伴うので、この反応も当然である。
「ロイ、来てたんだね」
ミコトはロイの顔を見て少しホッとする。
「実は来たばっかりなんだけど、この部屋に入ったら、3人がウロウロ歩き回っていて、ちょっと怖かった……」
「仕方ないでしょ! ロイ君だってミコトちゃんが出産する時はウロウロするよ!」
ロイを睨むようにキダンは叫ぶ。
「なんにせよ、無事に産まれて良かった……」
アレンはハァーと息を吐く。
「ミコトちゃん、赤ちゃん僕に似てた?」
「お前に似たら最悪だよ!」
キダンの質問に、アレンがすかさずツッコミを入れる。
「あー、それが、髪色はリントかなーって……」
ミコトの言葉に、アレンとキダンは顔を見合わせて、ドタドタと階段を駆け上がっていく。
聖女棟の1階の部屋にミコトとロイだけになり、ミコトは少しうつむいた。
「どうかした?」
ロイはミコトを覗き込む。
「……私、なかなか、赤ちゃん出来ない……。もしかして、異世界人だから……」
「ミコト……!」
ロイはミコトの両肩を掴む。
「あの、ごめん、他の奥さんヤダって言って……、いいからね、ちゃんとその子も治療する……」
「ミコト以外の奥さんはいらないから!」
ミコトは首を横にぶんぶんと振った。
「ダメだよ、アリアンの血を残さないと……」
「ミコト、アリアンはもう残さなくてもいいんだよ!」
「……え?」
ロイはミコトを抱き上げると、簡易ベッドに座りミコトを膝に乗せた。
「セタ兄とも話し合ったんだ。産まれた子どもが男でも、愛する者と繋がる前に、本人にアリアンでいるかどうかの選択をさせようって」
「そんな、だって……」
ミコトは困惑した。
アリアンは、神様によってわざわざ残されたはずだ。
ロイはミコトの心を読んだかのように微笑んだ。
「確かに昔は必要だったのかもしれない。でも、長年のエラルダの人たちの努力で、今この世界は平和なんだよ。聖女の護衛も、騎士団員で十分なんだ。アリアンは必ずしも必要な力ではないんだよ」
ロイはミコトを抱きしめる。
「俺はミコト以外いらない。ミコトがいれば、子どももいらない。ずっと2人で生きていこう!」
ロイの言葉に、ミコトの瞳から涙が溢れた。
勝手に不安でいっぱいになって、マリーの赤ちゃんが産まれたおめでたい日に、ロイに気持ちをぶつけてしまった。
それなのにロイは、ミコトの欲しい言葉を言ってくれたのだ。
「ありがとう、ありがとう、ロイ……」
ロイはミコトの頭を撫でる。
「あのさ、新しい自宅での結婚式を来月にやらない? ちょうど結婚して1年経つし、マリーとリントの赤ちゃんにも来てもらおう」
ミコトは頷く。
ロイとミコトは、二週間前に新居に引っ越し、元々住んでいた家はリントとマリーと赤ちゃんの家になった。
新居は騎士団や政務棟、聖女棟がある中央からほど近く、広い庭にするために、2軒分購入して、1軒を解体するという工事を行ったのだ。
解体しなかった方も増築と外にお風呂用のタンクを取り付けたりとかなり手を加え、外から見ると、「金持ち夫妻の豪遊の家」となってしまった。
セタとアレン曰く、いろいろな業者に仕事を与えたから良いとのことだが、ミコトはそれでも残るロイのお金にかなりドン引きしたのだった。
そもそも結婚式をやるだけなら別の場所でも良かったのに、ミコトが「自宅でガーデンウェディング」などと言ってしまったためにこうなったのだから、今後発言には十分注意しなければならない。
「そうだ、赤ちゃんを見に来たんだった」
ロイはハッとする。
「そうだよね! 上に行こう」
ミコトは涙を拭いて笑顔になる。
ミコトとロイが聖女の部屋に入ると、なんとキダンが赤ちゃんを抱っこしていた。
いや、もちろん、キダンの孫なのだから抱っこしていてもいいのだが、マリーがキダンに赤ちゃんを触らせていることに驚いたのだ。
「うわー、僕もおじいちゃんかー」
キダンは思いのほか嬉しそうだ。
もしかしたら、孫がマリーとキダンの親子関係を改善するのかもしれない、とミコトとロイがほっこりした時、マリーが口を開いた。
「お父さんは、今日で抱き納めね。明日からはルリに触らないでちょうだい」
「ええっ!?」
驚いたキダンから、リントが赤ちゃんをサッと受け取る。
「マリー、さすがにそれは、冗談だよね?」
キダンは泣きそうな顔をしている。
「あら、私が冗談を言ったことなんてあったかしら?」
出産疲れもなんのその、マリーは女神のような笑顔でキダンに笑いかける。
これは、本気だ!
聖女の部屋にいた全員がキダンから目を逸らす。
「ロ、ロイ君! 助けて! 何とか言ってよ! ミコトちゃんも、国家特別人物でしょ!」
国家特別人物に親子関係を改善する義務があるとは思えない。
ミコトはダンマリを決め込み、ロイは「えーと……」と口籠る。
「あ、赤ちゃんの名前、ルリちゃんになったの?」
ロイはマリーとリントを見る。
「ええ。お母さんはお父さんのせいで不幸になったから、女の子だったら、同じ名前で幸せにしようってリントと決めていたの」
マリーはニッコリと微笑む。
話をそらすつもりが、何故かキダンクズ説の核心をついた! とロイは目を泳がせる。
見ると、赤ちゃんを抱っこしたリントの目も泳いでいる。
ロイは「そっか……」と呟いて、キダンを見た。
「キダンさん、絶縁じゃなくて良かったですね」
「ロイ君!? 最悪パターン回避したからいい、みたいに言わないでよ!!」
キダンはわあわあとうるさかったが、赤ちゃんはリントの腕の中、スヤスヤと眠っていた。
きっと大物になるのだろうな、とミコトは思っていた。




