211.シェナの気持ち
第4エラルダ国の山の中腹の村にあるセタの実家で、ミコトはセタの幼馴染でおそらく恋人のシェナから、料理を教わっていた。
セタに、アリアンを辞めないか……という、かなりデリケートで重大な話をしに来たのに、何故料理を教わっているのかというと、セタへの話は、まず、ロイとセタだけで話す事になったからだ。
ロイは到着後、すぐにセタの部屋へ入った。
もし、セタがアリアンのままでいたいと言ったら、無理強いはしないことにしているが……。
「ミコトちゃん、包丁を持って考え事をすると危ないよ」
シェナの声に、ミコトはハッとする。
「ご、ごめんなさい」
ミコトは、包丁と皮をむこうとした芋を木のまな板に置く。
「……気になるよね。セタとロイ君の話……」
シェナは柔らかく笑い、ミコトの置いた包丁と芋を手に取ると、スルスルと皮をむいていく。
「シェナさん、すごい!」
「そう? でも、ミコトちゃんはどうして急にお料理をしようと思ったの? ロイ君に何か言われた?」
シェナの皮剥きスピードは速く、すでに2個目の芋をむいている。
「いえ、ロイは何も言わないです。ただ、私が妊娠中のマリーの手伝いをしたくて……、あ、マリーっていうのは、聖女の侍女の女性で……」
「知ってるわ。セタの嫁候補だった人よね。銀髪のとても綺麗な……」
ミコトは「ん?」と首を傾げた。
シェナとマリーの接点なんてあるのだろうか。
セタがそういう話をしたのだろうか。
ミコトの様子を見て、シェナはふふっと笑う。
「私ね、前の旦那と離婚した後、傷心旅行と称して第1に観光に行ったのよ。そしたら第1の首都ではセタの噂で持ちきりでね、恋人の聖女と美少女の嫁候補の侍女と三角関係だとかなんとか……」
「うわぁ……」
まるで芸能人だ。
マリーから聞いてはいたけど、セタ人気はミコトの想像より凄かったようだ。
「……マリーさんは妊娠中なのね。旦那様はどんな方なの?」
「第1の副騎士団長です。私にはイジワルだけど、仕事は出来るし、何よりマリーのことが大好きなんです!」
ミコトは意気揚々に答える。
実際はまだ旦那様ではないが、そんな説明は不要だろう。
シェナは「そっか」と微笑むと、鍋を棚から出す。
「ミコトちゃんには、炒めるのをやってもらおうかな……」
シェナの声が微かに震えている。
え、泣いている!?
ミコトは、きっとまた何かやらかしてしまったんだ、と咄嗟に理解した。
「あの、私、ごめんなさい! 私、ホントに、無神経っていうか……」
「違うの……! ミコトちゃんは何も……」
「ただいまー! ねえ、聞いてよ! オルバったら見回りから戻ってなくて……って、どうしたの!?」
オルバを呼びに行っていたリタが、ミコトとシェナの様子を見て驚く。
「あ、あの、私が……」
ミコトはどう説明したらいいのか分からず、口籠る。
実際、どの言葉がダメだったのか、よく分からないのだ。
シェナはミコトの方を見て、首を横に振った。
そして、リタを見る。
「リタさん、ミコトちゃんは何も悪くないの。私もケジメをつける時が来たんだと思って、弱気になってしまったの……」
「ケジメ……?」
リタは首を傾げる。
シェナは弱々しい微笑みで頷く。
「セタから離れる……離れてちゃんと1人で歩くケジメ……かな」
ミコトとリタとシェナは、台所から暖炉の部屋のテーブルに移動していた。
むいた芋や鍋は、そのまま台所に放置されていた。
「それで、セタから離れるって、シェナはどこかに行くってこと?」
リタは3人分の温かいお茶を淹れてテーブルに置くと、椅子に腰掛けながらシェナに尋ねた。
シェナは「いえ……」と下を向く。
「私はこの村で最期まで暮らそうと思っていて……。行ってしまうのはセタなの」
「えっ!? どういう事?」
リタは今日何度目かの驚いた声を上げる。
「ロイ君の話はきっと、セタを第1に連れて行く話じゃないかな?」
シェナの言葉に、リタはミコトを見る。
ミコトは咄嗟に首を横に振った。
「あの、連れて行く話ではないんです。ロイはセタさんを治したくて……」
『えっ!? 治るの!?』
リタとシェナの声が重なる。
「あ、えと、それはまだ分からなくて……」
セタの意思が最優先の話だ。
ミコトが勝手に話していいことではない。
ミコトの困った様子を見て、シェナは微笑む。
「やっぱり同じ意味だよ。治すためには第1に行くし、治ったら第1で働くんだもの」
「いえ、えっと、治すのに第1に行く必要はなくて……」
ミコトはさらにしどろもどろになる。
シェナは慌てて「違うの」と首を横に振る。
「嫌な言い方をしてごめんなさい。この事は私の中の問題なの。私はセタのお世話をするフリをして、セタに依存していたの。それをやめなくちゃって話なのよ」
「依存!? そんな事ないわよ! 少なくとも、私はシェナがいてくれてどんなに救われたか!」
リタの言葉に、シェナは微笑む。
「リタさん、ありがとう。でも私は、セタのことを好きな女性たちより、自分が一番セタの近くにいるという事実で、自分の事を慰めていただけなの。セタはその事に気付いているのよ」
「シェナ……」
「だけど、セタを好きだった女性たちも、今はちゃんと別の道を歩いている。当たり前よね。もうあれから5年も経っているんだもの。私だけ、ずっと依存して……」
「相変わらず、シェナは自分ばかり責めるんだね」
低い静かな男性の声がして、ミコトとリタとシェナは振り向く。
茶色のドアの前に、車椅子に乗ったセタと、その車椅子をひくロイが立っていたーー。




