206.「アリアンの記録」読破
第2エラルダ国から帰国して1週間が経っていた。
ロイは相変わらず忙しく、会議だ尋問だ闇組織残党狩りだと各地を走り回っている。
ミコトはというと、「アリアンの記録」を読み終わらせるために、半日騎士団で勤務して、あとは聖女の部屋でひたすら読書という日々を送っていた。
ミコトへの治癒能力の依頼は一切無く、ミコト自身も治癒能力の存在を忘れかけていた。
「読み終わったー!!」
夕方の赤い光が差し込む聖女の部屋で、ミコトは「アリアンの記録」を閉じて、大きく伸びをした。
「あら、お疲れ様」
向かい側に座っていたマリーは書き物の手を止めて、ミコトに微笑む。
「よくそんな本全部読めるねー。アイツの先祖のダラダラした自伝でしょ?」
セイラの身も蓋もない言い方に、ミコトは吹き出す。
「た、確かにそういう人もいて、読むの遅くなっちゃったんだよね。私が書く時は、なるべく短く書こうかなー」
「ミコトが書くものなの?」
マリーは首を傾げる。
「うん。ロイが書けるわけないじゃん」
当然のように言うミコトに、セイラとマリーは顔を見合わせて小声で呟く。
「熟年夫婦のようになってきたわね」
「熟年離婚もありうるねー」
「あのさ、セイラ、本当に一緒に神様のところに来てくれるの?」
ミコトは真面目な顔つきでセイラを見る。
セイラはテーブルのところへ来て、ミコトの隣に腰掛けた。
「アイツとミコちゃんだけじゃ心配だし、まあ、約束したしね」
セイラの言葉に、ミコトはホッとしていた。
セイラとロイは、神様に近い存在なのだ。
ミコトだけより断然心強い。
「今日の夜のお祈りの時に神様にきいてみるよ。ていうか、もう手っ取り早く、一緒に教会に来る?」
「そうだね、その方が……。ロイにも言っておくよ」
セイラの提案に、ミコトは頷いて目を閉じた。
(アリアンの本を読み終わったから、セイラの今日の夜のお祈りの時に一緒に教会に行きませんか? 忙しかったら無視でいいです)
これで本当に伝わっているのか、といつも思う。
電話みたいに、ロイの声も聞こえればいいのに。
「ミコトはロイの声は聞こえないのでしょう? 便利だけどちょっと不便ね」
マリーは微笑む。
「これ、あくまで緊急用なんだと思う。雑談用じゃないんだよ」
ミコトはアハハと笑う。
「闇組織の残党狩りもロイ一人でやっているのでしょう? 終わりそうなの?」
マリーは席を立って、お茶を入れる準備をする。
「うん。闇組織は手練が多いから、ロイが捕まえた残党を尋問して情報を引き出して、また出かけるってのを繰り返していて……。それであとは、準メンバーだけらしくて、それは騎士団員でやれるみたい。あ、セイラに感謝してたよ。力の使い方が上手くなってきたって……」
「あっそ! 感謝はお菓子で返せって言っといて!」
セイラはテーブルに頬杖をつく。
お茶を持ってきたマリーが、4人分のカップをテーブルに置く。
「4つ? 3人でしょ? 1階のタリスさんも呼ぶの?」
タリスはミコトの護衛として、ロイが迎えに来るまで毎日勤務してくれているのだ。
ちなみに、セイラとマリーを怖がっているので、2階に来る事はない。
「タリスさんは呼んでも来ないでしょ? でもロイは、ミコトの声が聞こえたら用事がなんでも来るんじゃないかしら……」
マリーが言い終わるか終わらないかで、階下からドタドタという音が聞こえてきた。
直後、ドアがノックされる。
マリーは確かめもせず「どうぞ」と言う。
「ミコト!」
ドアが開いたと同時に、ロイはミコトを抱きしめる。
いつものように、ロイの力が強くてミコトは「うぐっ」と唸る。
「声が聞こえて、嬉しくて来ちゃったよ! もっとさ、たくさん話しかけてもいいよ!」
一方通行なのに、何を話しかけろというのだろう。
「ちょ、ロイ先輩! こっちに声かけてよ!」
タリスが呆れたように入り口付近から声をかける。
「あ、ごめん。タリスは今日はもういいよ。たまにはウミノさんのところへ行ってあげなよ」
ロイはミコトを抱きしめたまま、顔だけタリスの方へ向ける。
ウミノとネルは、特別な依頼がない時は、第1の首都のヘアメイクサロンで働いている。
第4のユーリのお店と同じで、服飾も取り扱っているお店だ。
「な、何言って……」
「あら、じゃあ、タリスさんも一緒にお茶しましょうか?」
マリーがニッコリ微笑むと、タリスは真っ赤になり「おつかれっした!」と言って階下へ下りて行った。
「タリー君は素直だねぇ……」
セイラはマリーの隣に席を移動しながら呟く。
ロイは苦笑すると、ミコトを膝に乗せて座り直した。
膝上抱っこでは、セイラが移動した意味がない! とミコトは赤面する。
「ロイ、お祖父様はどうかしら……」
マリーも席に座り、真面目な表情でロイを見る。
最近では、ロイがミコトを膝に乗せていても、誰も何もつっこまなくなっている。
「うん。政務官の一人が名代制度で仕事をやってくれてるよ。でも、その人も代表になるのは無理だって言っていて、アレンさんを休ませるための一時しのぎって感じなんだけど……」
「そう……」
マリーはとりあえずホッとする。
「あ、リントも後から来るって言ってたよ」
ロイはお茶のカップをミコトに渡しながら言う。
「リントも心配性なんだから……。それならみんなで教会に行こうかしらね」
マリーの提案に、ミコトとセイラは「そうしよう!」と嬉しそうだ。
「神様と話す時に、ミコトは俺の力がいるんだよね?」
ロイは、お茶を飲み終えたミコトのカップを受け取りテーブルに置く。
確かに、ミコトには力がないから普段は話せないと、神様はそう言っていた。
しかし、この流れは……。
いや、時間もないし、そもそもセイラの前でイチャイチャなんか……。
ミコトがセイラをチラリと見ると、セイラはハァーと溜息をついた。
「ま、その通りだし、しれっとやってきていいよー」
「しれっとやるって何!? セイラ!?」
セイラの言葉に、ミコトがつっこむと同時に、ミコトを抱えたロイは席を立った。
「じゃ、7時に教会で」
「え、ホントに!?」
ロイは困惑するミコトを抱きかかえて、軽い足どりで聖女の部屋を後にしたのだった。




