シュア、魔法を出す
直属騎士の任命式の騒動から数日が過ぎても、王宮はその混乱から抜け出せずにいた。
新たな王女の騎士なったシュアは、近々全王女と直属騎士たちとの顔合わせを予定しているとの旨を聞かされていたが音沙汰なく、引き伸ばされたようなミモザの付き人としての日々を送っている。
そんなときに、魔術学院のタブランの研究所に出向くよう指示が来た。
「あああああ!!! お待ちしていましたよ!! シュアさん!!
のっけからおかしなテンションで、美少年が出迎え、シュアの手を握る。
反射的に引っ込めたが、向こうはつかんで離さない。
「これタブラン殿」
奥から彼をたしなめる声。校長のテルミシャルラ=リパがいた。なんでこんなところに。
「ああ、これは失礼。シュアさん、いやシュア殿。王女の騎士への昇格、おめでとうございます」
依然手をホールドされながらそう言われる。セクハラってこの世界にあるのだろうか。
「はあ、ありがとうございます。それで、御用というのは?」
「実は、さる筋からあなたには魔力があるという話が持ち上がり、我々としてはにわかに信じがたいのですが、今日はそれは果たして真実かどうか調べるためご足労ねがったのです」
シュアとしても寝耳に水である。
「ないと思いますけど」
もしあっても、それはそれで王宮内での自分の存在意義が根底から覆ってしまう。帰りたい。
しかし手は振りほどけそうにないし、奥に控える校長の目も(髪に隠れて見えないが)得物を見るように鋭い。ここに重役二人しかいないのもなんだか本気度を感じてしまう。
フレイ様がせめていれば。
二人はすでに腰が引け始めたシュアを部屋に招き入れ、扉は閉ざされた。
診察でも受けるかのように椅子でタブランと対面し、質問に答える。
校長はその辺を浮いたり降りたり、ウロウロしている。落ち着きなくも見えるが、波に遊ばれるアヒルのおもちゃにも見える。
「自身に魔力があると思ったことは? またそんな現象は? 例えば魔具が動いたとか」
「ありません」
「ちょっと魔力を出してもらっていいですか。見てますから」
「ないのですが」
「体の中だけで」
やってみる。じっと見る男二人。見た目老人と子供だが、雰囲気が一緒だ。なんというか、おっさんなのだ。少年なのに。……自分も気をつけねばと思う。
「まったくないですね」
「同じく」
なんてことを言い合っている。
なら帰っていいですかと言ってもいいようなタイミングだったが、じっと我慢する。いったいこれ、誰からのタレコミだろう。このメンツが集まるくらいだから相当な筋からのネタのようだが。
タブランは自分の指輪を一つ抜く。
「水の魔石です。ちょっと使ってみてください」
「は、はあ」
受け取って人差し指にはめる。
「で、どうすればいいんでしょう」
「魔力が体の外にあると思って、この魔具に働きかけてください。指先から水が出るようなイメージで」
なんでこんなことをさせられるんだろう。
ぴゅーーーー。
指先から水が出た。
ギャラリー二人は顔を見合わせている。
シュアも同じ顔をしている。
「も、もう一度」
「は、はい」
だが、今度は出ない。
いや、数滴、出たか?
なんだこれ。
***
数度試したが、最初の一回以降、さっぱり水は出なかった。
これが最後の魔力だった?
いや、そんなことはない。なぜなら体の内側のやつはちゃんとあるから。
目の前の二人も首をかしげている。
「シュアさん。これはなんでしょう」
タブランが尋ねる。
そんなつもりはないだろうが、責めるような言い方だ。向こうもわからないのだろう。
「まさか『目のタブラン』からこんなセリフが出るとは」
校長は彼の言動の方に驚いているようだ。
どうでもいいが、この美少年、さらに若返ってないか。
そして落ち着きなく立ち上がって、さっきシュアが出した床の水を浮かせ、ひとつ残らずコップに収めた。
「シュアさん、今日はもう結構です。明日またいらしてください。それからこのことはまだ誰にも言わないで」
「は、はあ」
「その水の指輪は差し上げます。時間をおいて試してみてください」
思わず高価そうな指輪をゲットした。それも魔具。
魔石は小さいが、色は少し艶がかった水色。五等級に入りかけの四等級といったところか。
かなり良い。
ミモザの研究に突き合わされ、シュアの魔石を見る目も肥えてきていた。
「それでは私も失礼しようか」
「ではお二人とも、また明日」
シュアの品定めはそれがきっかけで終わる。そのまま校長と一緒に部屋を後にした。
「私は二階ですので」
「ならお送りしよう」
意外な言葉が返ってきた。断る理由はない。思いかげず学院の最高責任者と二人きり。この際だから聞いてしまおう。
「もし私に魔力があるとわかったら、騎士をクビになることはありますか?」
レスポンスは早かった。
「クビとは?」
「あー、お役御免で故郷に帰れということには?」
「あり得ぬことではないけれど、その時は学院に籍を置くとよいですよ」
「ええと、それはどんな風な待遇といいましょうか」
「見る限り、タブランはシュア殿にぞっこんだ」
背筋がぞわっとなった。
「それは、どういう」
「最近落ち着いたと思ってたんですけどね。ここへ来た頃には老人だったのですよ。神国というのはそれはそれは彼のような魚にとって砂漠みたいにつまらないところで」
神人というのは精神状態で見た目が変わると聞いたことがある。
「それではなぜ今の姿に?」
「ここは彼の好奇心を満たすものが多かったからです。シュア殿もその一人です。王宮を、ええとクビ、になったら私へご一報ください。悪いようにはしません」
いい話だ。額面通りに受け取れば。
下手に聞かない方がよかったかもしれない。
だがシュアはなんとなくそう思っている自分がいる。
彼らの目だ。何か自分に細い針を打ち込んで吸い取ろうとしているような、そんな狂気を感じた。
これ以上気に入られたら、彼らならむしろ自分をクビにするように働きかけるようになるのでは。
もちろん考えすぎだ。
しかしそうなったとき、自分にあらがう術はないことはわかっていた。




