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透明な転生少女  作者: 森の手
第三章

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5月28日

 魔術学院附属病院。

 医療術師たちは締め出され、室内には眠り続ける女王騎士ネフェ・ラファと、彼女を見下ろす騎士二人。いずれも耳長色白の神人である。


「ドレ、やって」


「はい」


 女王騎士ロレの短い言葉を受け、ドレが魔法術式を開放する。

 彼女の魔法は相手の精神に入り込む魔法。記憶の断片をつないで夢の形を作り、相手の記憶に働きかける。


「ロレ様」


 ドレは手を差し出す。


「私のはぜったい見るなよ」


 そう言いながら、えいやとロレが手を取る。


「意識がなくなるので、ベッドに座ってください」


 リレクとはいつもやっているが、それ以外の人を連れて入るのは初めてだ。

 ただ要領は同じ。手順さえ踏めば緊張はない。


 有効に情報を手に入れるのにはある程度相手のことを知る必要がある。

 直属騎士や近しい者から話は聞いた。

 ネフェ・ラファ。

 暴力の化身。彼女と対峙して無事ですむ者はいない。

 ドレとの接点は、共同演習くらいだ。教官としての彼女は、最強という名にふさわしい強さだった。

 巨大な獣のような自己の魔力を熟知した融通無碍の空間制圧力。すべての攻撃をはねのけ、一方で彼女の攻撃すべてが一撃必殺。

 まともにやったのでは勝てない。

 ただ私生活面では、世間知らずというか世に疎いところがある。


 幼少時代の彼女はドレが思っていたような超ド級の存在ではなかった。

 リュウグウ領を震撼させた大犯罪者の娘として生まれ、やがて王宮の保護を受ける。その後彼女の師匠である初代直属騎士の一人に師事し、民間出身として初めて王女の直属騎士となった。

 ローズ王女との賭場通いも、二人で社会勉強をするという目的があったようだ。


 強さは最強。しかし精神的にはもしかしたらドレなどよりも世に通じていない部分もあるのかもしれない。

 そんな感触を持った。


 彼女の自我を捉えつつ、目指す映像に行きつく。


 実体化した二人を出迎えたネフェは、十代くらいの虚ろな目をした少女だった。

 吊るされた人形のように手足に力なく、しかし空間を切り取るような存在感がある。弱っていてもエネルギーが迸っている。


 見られている。


「なにか用か」


 自分の中に入ってきた侵入者に抵抗を感じていない。冷静に、そして純粋に問われている。


「ネフェ、あなた自分がどうなってるのかわかってるの?」


 ドレが慎重に切り出そうとした瞬間、横のロレが口を開いていた。


「私の中に入ってきてそう騒ぐな。礼儀をしらないのか」


「だったら早く起きなさいよ」


「できるならとっくにやってる」


 冷静に切り返される。


 ネフェは自分の現状をある程度認識できているようだ。

 ドレはそう分析する。

 一方でロレは感情が抑えられないようだ。


「私も力貸すからなんとかして。でちょっとその前に無性に殴りたいんだけど」


 すでに周囲は彼女の魔力で溢れそうになっている。このままではドレの魔法が維持できない。


「お前に殴られたって蚊ほども平気だが、どうやら私は今、体と意識が切り離されてる」


「ドレ、解決して」


 そんな無茶ぶり言われても。


「ロレ様、それはあとでです。ネフェ様、私たちは、あの時何が起こったのかを調べるためにここに来ました」


 いまだ闘志をくすぶらせ続けるロレを無視してドレが話を進める。


「ドレ、お前の方がちゃんとしているな。どうすればいい?」


「あの時のことを思い描くだけでいいです。私の術式が映像にします」


 言い終わるか終わらないかのうちに三人は夜の空の中にいた。

 目の前には大人のネフェの姿。


「ロアの浮遊で浮かされ、『影牢』に閉じ込められた」


 初耳だ。ロレも自分を無視して話が進んだことにたいする怒りを忘れたようだ。

 『虚空』と『魔王』以外にも国宝が投入されていたとは。

 目の前のネフェは渾身の打撃を影牢に打ち込み続けるが、敵に空間を操作され、攻撃のタイミングと同時に足場を崩され、不自然に動きを止める。

 敵の声が聞こえる。

 声は変えられてある。女性か。いや、そういう風に変えている。男ということもある。

 敵の話では、この霧に呪いが込められていたらしい。


「犯人が誰かわかりますか?」


 ドレは単刀直入に尋ねる。


「知らない」


 響いてくる魔力の質が押さえつけているように固い。魔法を操るドレだけが、これはウソだということはわかった。


 映像が巻き戻っていく。

 麦畑を走るネフェの姿がそこにある。


「ここだ」


 正面から強風で体が飛ばされた瞬間、何かに気づいたネフェが拳で攻撃をした。しかしその体は鳥にでも連れ去られるようにふわりと浮き上がる。


「風で気をそらしている間に、誰かが私の背に触れた」


 もちろんそんな映像はない。ネフェの視界の中に入っていないからだ。

 再び、映像が飛ぶ。


「それからここだ」


 『影牢』に閉じ込められ、周囲が霧で包まれた場面。


「誰がこの霧を出したかってことを言いたいの?」


 ロレがつぶやく。


「呪術が入った魔石は諸刃の剣だ。しかし下の敵に呪われている様子はなかった。隠していたのかもしれないが、それでもな」


「じゃあ、なんなの?」


 ロレが思考を放棄する。

 しかしドレはネフェが言いたいことに気が付いた。


「見えない誰かがいたってことですか?」


「透明な敵だな。そいつが発動時の呪いを全部引き受けた、のかもしれん」


 ネフェの受けた呪いは意識と身体を切断するものだろう。

 その透明な敵も、呪術の性質上同じことになっているということか。


「じゃあその犯人は?」


 とロレ。


「知るか。見えない敵ってのも私が感じただけだ。そうとしか考えられないってだけでな」


「つまり想像ってこと? あんたいつから想像できるようになったの?」


「実際に示せるものがない。だからカルヴァやお前みたいなやつに言わせれば想像って言葉になる」


 少なくともネフェは透明な誰かがあの場にいたと言いたいらしい。

 そしてドレやロレはそれについて否定的になれない。できる人物を知っているから。


「そっちはどうなった」


 沈黙する二人を見て、ネフェは話を変える。


「初めにあなたを襲った二人組の一人がハタテだった。男のアストって方は王衛兵の下っ端。ハタテはアストを牢から救い出し逃げた。どこに行ったかは不明」


「そうか」


「驚かないの?」


「驚いている。だが、逃げて捕まらないのはどういうことだ」


「こっちが聞きたい」


 王宮、王都は当然、王国全土に手配されているのだ。捕まらない方がおかしい。


「ハタテか」


 そう言ったきり、ネフェは黙ってしまう。

 そういう心の動きを捕らえ、深層をつかみ取るのもドレの仕事だが、ブロックされている。何か仕掛けようとすれば、踏み込んだ瞬間、追い出されるだろう。

 とても魔力のガードが堅い。


「シュアはどうなんだ。ロイエはうまくやったか?」


「ロイエは無事任務を遂行したわ。シュアもうまくやってる。最悪だけど十分すぎるくらい」


「何をうまくやってるんだ?」


「今ではラッグ、ハタテに代わり、シュアが王女の騎士よ」


「……そうか。あいつに職を紹介してくれと言われていたが、その心配はしなくていいか」


 ネフェ相手にとんでもないことを頼むやつだと思ったが、リレクの逆鱗に触れまくって今も生きているどころか五体満足のシュアを知っている。彼女なら言いそうなことだ。


「ロレ様、そろそろ」


 ドレの魔力が限界に近かった。三人分の実体化は骨が折れる。


「知りたいことは知ったし、早く起きてきてよ」


「悪いがそれは私では何ともならない。それから、シュアのことなんだが、あいつの魔力を調べてみろ。計測ではなくて、本当にあるかどうかを調べるんだ」


 どういうこと?


 二人がその言葉の意味に気を取られている間に、ネフェとのつながりが切れてしまった。

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