96 集雷針
俺たちはサンバラに宿を取った。意外に早く王都での用事が終わったため、帰りの船の予定までの待ち時間を、やり過ごすためだった。
「犬は困るんだよ。ノミがいるからね。一緒の部屋には入れないで欲しいね」
行く先々で言われ、結局取れた宿は港近くにあるボロい木賃宿だった。
ラヌビスは鼻にしわを寄せ、なるべく床との接地面を減らそうと立ち上がったままだ。
「そんなに神経質になるなよ。死にはしないさ、座っていろ。今避雷針を作ってやるから」
「儂をこんな所にとめおって、お主の家の方がまだ増しだったぞ」
「へえ、そうか? 今は結構よくなったけど、俺の小さいときはこれより汚い家だったんだぞ」
「……」
黙ってしまったラヌビスを尻目に、俺はせっせと矛を磨く。
青光りする矛は長さが四十センチ弱、太さは三センチほどか。
磨きながら、これをどうしようかと考えた。
多分ラヌビスは雷を集めたいのだろう。その後はどうするのか。ぼんやりと考えながら無心になって磨いた。
宿の飯は期待できないだろう。帰り際に買ってきた鶏肉の丸揚げと、細長い米を炒めたものを包みのまま床に置く。
「先に喰っていいぞ」
「入らん、儂は水があれば良い」
またやせ我慢をしている。俺は知っている。ラヌビスは意外になんでも喰うことを。
外は土砂降りになっている。今日はどこへも行けなさそうだ。
磨き終わって、魔法で出した水で手を洗い、その手に、また水を出してラヌビスに与える。
その後包み紙を広げると、むわっといい匂いが漂った。揚げた鶏肉と魚醤の匂いだ。ラヌビスの口から涎が垂れて肉に落ちる。
「おい、食いたければ食えよ。これはお前のために買ってきたやつだ」
ラヌビスは、チラリと上目遣いに俺を見て、上品に食い始めた。
食いながら俺はラヌビスに尋ねた。
「ラヌビス、これで雷を集めたいんだろう。でも危険だぞ。どこに設置する?」
「儂の頭に刺す。モグモグ……旨いな、この肉」
「ふっ。そうだろう、ここの魚醤の味は最高だよな……って、今なんて言った!」
「……うまいな、だ」
「違う、その前」
「ああ、頭に刺すんだ。儂のこの身体は擬態だ。大丈夫、壊れはせぬ」
「お前……擬態って……どんだけ異種族なんだよ……」
食い終わって寝所を整えていると窓に木枠から一瞬ピカッと明かりが差し、しばらくしてからゴロゴロゴロッと雷の音が盛大に響く。
建物まで細かく振動した。
ラヌビスはぱっと立ち上がり、
「コウタロウ! 刺せ、儂に早く刺してくれ!」
俺はどうしていいか分からず、避雷針を持ったままオロオロした。
「えーい! 早くしろ。雷が去ってしまう!」
仕方なく、震える手でラヌビスの頭の真ん中にブスリと刺すと、するすると避雷針がめり込んだ。
すかさずラヌビスは宿を抜け出し、走り去ってしまった。
ラヌビスの去った後、俺は空いた扉を呆然と見ていた。
数時間後、ラヌビスは帰ってきた。
頭に矛を刺し、気分良さそうに、ハッハッと息をしている。
口角がくいっと上がって、まるで笑っているように見えた。
「コウタロウ! 儂は無敵になったぞ」
ラヌビスは、本来の姿に変身して見せた。
彼の身体は……木のように見える。
「お前、一体何の生き物なんだ? 植物……か」
「まあ、この世界で言えば、それに近いな。じゃが我らは一つの集合意識で成り立つものだった」
その後のラヌビスの話は、長い時間がかかった。俺にとっては信じられないものだった。
彼は、彼らは、一つの元木から枝分かれし、枝分かれしたものは元木の世話を受け持っていたという。
あるとき元木に不具合があり、その治療と言うか修理と言うか――とにかく、その最中に事故があり、次元の扉が開き、この世界に仲間と共に落ちてきてしまった。
「儂等は、皆生きるのに必死であった。この次元の生き物は高速で動き回り、高速で話す。儂らには理解できなんだ。 一人が対話をしようと近づき消えてしまった。黒い霧となってな……」
まるで魔物の生態に似ていた。
俺は話を聞きながら、ただならぬ繋がりに背筋が凍る。
「儂等は、枝分かれした瞬間から一つの個体であり、また完全なる知識の保有もできる生命体だ。元木は知識を溜めすべてに共有するものだ。一個は統べて統べては一個となり得る……」
アカシックレコードみたいだ。すべての知識が収まるもの……か。
「儂等は電磁波を使い、たくさんの建造物や施設を作ることができる。食い物でさえな。じゃが、儂らは滅多にそのような建造物や、食い物は必要無かった。元木さえあれば、知識さえあればそれで十分なのじゃ。じゃが、別次元に落とされと、この地で生きねばならぬ。ここの生命体を真似て擬態し、ここの共同体を統べ、皇隣安全を確保できた。じゃが永遠の命はない故、いつかは朽ちる。儂もそろそろ……朽ちるじゃろう」
「まだ、百年はあるだろう。それより頭の棒、取った方がいいぞ」
「い、嫌じゃ。いつまたエネルギーが切れるやも知れんではないか! このままでよいのじゃ」
俺は、無敵となったというラヌビスを押さえつけ、棒を引き抜いた。




