95 船旅
俺は今、実家に戻り、ラヌビスの話を聞いていた。
ラヌビスは、元々の種族は犬ではないらしい。
それは知っていたので、俺にとっては、今更な告白だ。
ラヌビスはスファルタン帝国の皇で、人の身体と犬の頭を持つ人神だった。
国民からは神と敬われ、そして恐れられていた存在だ。
「知っている、お前は獣人なんだろう? 異世界あるあるだ……」
「なんだ、獣人って。そんな者までこの次元にいたのか。知らなんだ……」
いや、犬頭なら、獣人だろうが。
だけど、面と向かって言ったのはまずかったかも。仮にも元皇だ。
「え、と。君は王だった。人神で、いぬ……えーと、とにかくふつうの人間とは違うってことだろう?」
「ああ、この次元の知的生命体とは違う存在じゃ」
知的生命体って何だよ。次元が違うって……まさか、こいつも転生者、いや転移してきたのか!
「じゃあ、一体どこから来た? 少なくとも日本ではないはずだ」
「お前の話は訳が分からん! 黙って儂の話を聞かんか!」
「……」
「儂は、次元の穴に落とされた存在じゃ。初めは五人いたがの……そのうち一人、また一人いなくなって、今では儂だけになってしもうた。
儂は帰る方法を模索し、墳墓を作った。じゃが今、儂にはエネルギーが残っておらぬ。帰る気も失せた。お主に警戒されておるのも知っておる。儂は決めたのじゃ、ここに残ると。ここに骨を埋めるためにも、お主に儂のことを知ってもらいたかった。それだけじゃ」
「そうか、で、エネルギーって? 魔素とは違うものだろう。電気とか?」
「……お、お主分かるのか? 儂らは電磁波を使う。それをエネルギーに変換すれば、儂はお前に本来の姿を見せることが出来る。じゃが、電磁波を集める装置も壊れてしもうた」
「ふーん。じゃあ……雷はどう?」
「っ! ここに雷が降る、そういうことか?」
「うん、もっと南へ行けば、サンバラ王国がある。あそこには雷は多いよ。ここでも夏になれば結構落ちる」
「……知らなんだ……」
何だよ、急に静かになって。
雷をエネルギーとして利用するのって、確かめちゃくちゃむずいんじゃないのか。
もし直接取り込もうとしたら死ぬぞ。分かってんのか?
「儂をサンバラに連れて行ってくれぬか?」
「いいけど、五日くらい……いや一週間くらい船に乗ることになる。それでも良いのか?」
「大丈夫じゃ、トラウマは克服してみせる」
ラヌビスは二年ほど前海に落ちて、それ以来広い水たまりには入れなくなった。それでも行きたいというのなら、連れて行ってやろうか。
丁度任務も明け、長い休みももらえている。
商船でサンバラまで行った。商船は大きいせいでそんなに揺れないのに、ラヌビスは船酔いになり何度も吐いた。
俺にも覚えがある苦しみだったから、かわいそうになり、彼に助言する。
「海を見れば良いんだ。遠くの方を」
「うっぷ……無理だ。めまいがする……」
それでも三日ほどすると船にも慣れてきて、最後の数日は岸の方を眺めながら匂いをかんだりしていた。
船乗りたちに頭を撫でられて少しだけ機嫌が悪かったが、概ねいい船旅だった。
港に着いた途端、ラヌビスがぽつりと言う。
「あの高い建物は……何じゃ。電磁波の集積設備か……」
「は? あれは塔だ。寺社の屋根がピカピカしているのは銅板なんだってさ」
港から出れば大通りに抜ける。大通りは真っ直ぐ宮殿へとつながり、通りの両側には小綺麗な店が建ち並ぶここは、王都だ。
俺はクナイ戦士の時ここに数年いたが、考えて見ればこの通りを堂々と歩いたことがなかった。
あの頃は夜の見回りの他は兵舎にいたし、チュム師の側近になってからはクナイ・トムの兵舎から出ることは滅多になかったからだ。
俺は見るものすべてが新鮮で、ゆっくりと歩こうとしたが、ラヌビスはただ一点を目指して走り出した。
「待てよ!」
いつもはのんびりしているくせに……一体どうしてしまったんだ。
辿り着いた場所は寺社が建ち並ぶ寺街だった。
ラヌビスが一番高い塔を仰ぎ見ている。
前世の五重の塔ほどの高さはあるが形がちょっと違う。
段々すぼまる四角柱みたいな造りで、屋根は反り返り竜のような飾りが軒先にぶら下がっている。
「失敗した、近すぎて見えぬではないか! コウタロウお主、何とかせい。あの天辺に儂を連れて行け」
「もしかして、避雷針に興味があったのか?」
「避雷針だと……なぜ雷を避ける……」
「危険だからに決まっている。でも荒れた雷を地面に流す仕組みだったはずだ……アース?」
「ほほう、良いではないか。それが分かれば、十分だ。コウタロウ。あれを持って参れ」
なんていう無茶ぶりだ。そんなことをしたら、お尋ね者になるじゃないか。
「避雷針が欲しければ作ってやるから、それで我慢しろ、な」
ラヌビスは嬉しかったのか尻尾を激しく振る。
俺が尻尾をじっと見つめると尻尾はピタリと止まってしまった。
武具屋に入り、一通り見て回ると目当てのものが見付かった。
青銅の槍先、矛だ。
中古品で持ち手の部分は特注になっているが、俺が欲しいのは四十センチの細い先っぽだけだ。
「親父、これをくれ」
「あいにく持ち手は別注だ。その値段にはならねぇぞ」
「いや、これだけでいい」
すごく安上がりだ。古いけど磨けば何とかなりそうだ。
ラヌビスは、矛先に興味津々だったが、訝しそうに匂いを嗅いだり俺を見たりと忙しない。
「大丈夫だって、電気を通すものがあれば良いんだろう?」
「そ……う、わん」
俺とラヌビスの様子を武具屋の親父に見られていた。
それに気が付いてラヌビスは吠えたのか。




