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97 日常の向こう側

俺たちは帰りの船に乗り、ヌエタラに帰ってきた。

ラヌビスは俺が磨いた棒をくわえ、尻尾を振りながら元気よく渡し板を降りていく。

仕草はそのまんま、犬だな。

周りの船員は、その様子を微笑ましそうに笑いながら見ている。

実家へ帰る前に領主館へ寄って、サンバラから戻ったことを報告する。

実は、俺の休暇申請を提出したときに、チュム師からちょっとした事を頼まれていたのだ。

それとなく街の物価の調査をしてこいとのことだった。


「魔法部隊長、コウタロウ、入ります」

「入れ」


早速、側近たちが下げられた。

これは、なるべく誰にも知らせられない話だ、とチュム師は考えているようだ。


「で、米の値段はどうだった」

「二割方高かった様に思えます。俺たちとは作っている米の種類が違いますから何とも言えませんが。あと、武器は中古が多かったようです」

「……そうか。まだ何とも言えんな。コウタロウ、明日から魔法部隊は南方の砦に配備させ、警戒を怠らぬように。天祖国の方は文書による抗議だけで、手は出してこないようだ、北は天祖穴がある。山越えはしないだろう。攻めてくるとしたら海からだが、こっちは準備が整っている」


他にも密偵を送り込んでいるようなので、俺の軽い調査はこれまでだろう。

同じ国内の調査だ。敵視もされないし警戒もされていない。

だがもし、王から何らかの勅使が来て、チュム師がそれを拒絶すれば、戦争になるだろう。

この地は王から褒美として授かり、さらには税までもが永久に免除されたという。実質、独立したようなものだ。


「はっ、では早速部隊をまとめ移動させます。一小隊残しましょうか。天祖穴の維持にも、チュム師の護衛としても」


チュム師はしばらく考え、「二小隊残せ」と言った。

ヌエタラは、人口がここ数年で倍以上に増え、軍備拡張に伴い兵士も増えた。

しかしまだサンバラの一領地に過ぎない。

北に位置する天祖国とは天祖穴が実質的な境界にはなっているが、俺の前世とは違い国境は曖昧だ。


ヌエタラを国家と定義するならば、サンバラとの国境は、間に跨がる中規模の河がある。その次は小高い山が連なり、商人たちは山間の狭い路を通ってくる。

謂わば天然の要塞のようなものになっているのだ。

守るのはできそうだが、何と言っても兵士の数が圧倒的に少ないのだ。


だが、俺は、南の砦に配備されて心が浮き立つ。

あそこは俺の実家から日なり近い。領都へ来るのは距離があるが、あの周りには商人たちが集まって作った中継地点もできてかなり住みよくなっているのだ。


「何もなければ良いが。俺が守ってみせるさ」


父ちゃんも母ちゃんも年を取ったがまだまだ田んぼに出て働けているし、この頃ジロウが所帯を持った。

俺だけが置いて行かれているような変な感覚だった。

一通り魔法兵の配置を固め、俺は実家へ帰った。

これからは頻繁に帰るとしよう。

俺が家に入ると、ラヌビスが走り寄ってきて俺の匂いを嗅ぐ。


「お前、それ、やめた方がいいぞ。まるで犬みたいだ」


ハッとして、素早く俺から離れるラヌビス。

長く擬態するとその獣に寄ってしまうのだろうか?

俺は、元皇に家族を守ってもらうため、この国の実情を話して聞かせた。


「そういうことなら任せておけ。ここに大きな塀を建てて、砲台を作ってやろう。なに簡単じゃ。エネルギーは満タンだからな」


ムヒ、ムヒ、と変な笑い方をするヌエタラ。


「おい、そんなことできないくせに大風呂敷を広げるな。万が一の事だ。もし何かあったら裏山に隠れ穴でも作っておいて当座の食いつなげる物だけ用意しておけばいい。父ちゃんにも言っておくから、その手伝いだけでいいからな。お前は犬なんだから」


ラヌビスは尻尾を振りかけて、ぴたりととめた。

毎日丘に登り遠くの河を眺める。

俺の下士官についたのは十五歳の魔法兵二人。

今、彼らには、目に力を込めて遠見をすることを教えている。

俺が偶然開発した、スキルと言ってもいいだろう。

勿論呪文は「デルㇽㇽㇽ」だが、下士官たちはちゃんと巻き舌で唱えている。

魔法の論理にはまったく合っていないが、どうやら身体系は自分で何とかできるものなのだろう。

魔法兵の殆どが遠見が出来る様になっている。習得度は人それぞれだが。


レンズなどの精度が低いこの世界では有効なスキルだ。

いち早く危険を察知できるのだから。

それから一ヶ月過ぎた頃、領都から早馬が来た。


「天祖穴の魔物が溢れています」



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