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98 ベルーダの悔恨

ベルーダは今、港の一角にある神殿の運営する商館にいた。

この商館は、船問屋のような仕事をしている。近隣諸国を回り、輸出入を手がける大きな商会だった。

ルナリアには、王都の神殿の神殿長を紹介されたが、それは断った。

月の神殿を出るその日まで、考え直すように言われたが、ベルーダは自分の心に足りないものを探していたのだった。


「神殿へ入れば、また私は天狗になる。この際、神殿とは距離を置くべきだわ」


神殿に距離を置くと言っても、司祭を完全に止めることはできない。

それが月の司祭になるということだ。

生涯月の女神、アル・テミーラに仕えなければならない。

今は、神殿からの派遣という形でここに厄介になっている。

建前は商会の相談役としてここにいるが、実質雑用のようなことをしている。

例えば、各地に出払う船の管理や、船員たちの確保。そして司祭が足りなければ自分が出向くというようなことだ。

ここの司祭の役割は船に同乗して、風のない時期などに風の魔法で船の運航を助けたり、水を出したりという、下級の魔法使いや司祭がやることをしている。

下級の魔法使い、というのは月の信者ではあるが、神殿には入らず一般の仕事をしている魔法使いのことだ。従って男性の割合が多い。

男性は女性と違って、なぜか魔素の感応力が弱い傾向にあるのだ。


今日のお手伝いは船の運航だ。

浅黒い船員たちに交じり、豪快に笑い合う彼らを見ていると心のつかえがなくなったような錯覚を起こす。


「司祭様! よろしくたのんます。こんな凪は船乗り泣かせですぜ」


「任せなさい、そこいらの魔法使いとは訳が違うところを見せて上げるわ」


いつもは折に触れ、深く沈み込むベルーダだが、こうして彼らの調子につい乗せられてしまうのだ。

ベルーダの呪文が空気を震わせる。


「フィゲイル・バルṙṙスト」


だらんとしていた帆がたちまち膨らんで、船を海原に押し出していく。漕ぎ手たちは慌ててオールを上げて片付け始めた。


「ホエーッ、こりゃたまげた。すっげぇ魔の使い手ですぜぇ」


たかが中級魔法で、こんなに喜んでもらい、少し顔を赤くするベルーダだった。


「今日は確かスファル大陸の近くへ行くのだったわね。小さな島プロキス……だったかしら」

「へい、そうでやんす。帝国が機能しなくなって、新しく海運の中継地になった島でやんす」

「そう……で、その島では香木も取引できるの?」

「香木だけじゃネェです。何でもありやす。銅、塩、金、奴隷までね」

「まあ、まさか神殿系列で奴隷なんか取引してないでしょ?」

「い、いや参ったな、こりゃ」


どうやらこっそり取引があるようだ。相談役といってもそこまで深くは中を見せてくれない。考え込むベルーダに船乗りはこう言った。


「初めは避難民だったです。だけんど、ね、仕事がなければ自然とそうなるんでやんす。人は喰っていかなけりゃなんでもしなけりゃなんねぇ」


彼が言うには、エルタゴスには売られていないそうだ。

だけど近隣諸国は奴隷を重宝して、よく売れるのだそうだ。

スファルタン帝国は奴隷が下支えをする構図だった。

奴隷には階級があり、文字を書ける者、計算が得意なものなどは大事にされていた。そういう奴隷は賃金をもらい商家や、政府や神殿の最下層で働いていた。


建築の心得まであった奴隷もいたそうだ。


私達が考える悲惨な奴隷もいたが、決してすべてがそうだったわけではない。

彼ら奴隷は、部族の戦いに敗れ敵対する部族の資金源として売られたり、商家が立ちゆかなくなって奴隷に身をやつす者まで様々だった。

だが今、スファルタン帝国の斜陽が、彼らを窮地に追い込んでいるようだ。


「何でも、帝国を逃れて砂漠に逃れる者達もいるという話ですぜ。生きて行かれねぇでしょうに……」


船のロープの手入れをしながら船乗りは、やりきれないと言う風に首を振った。

司祭だ魔女だとおだてられ、のうのうと生きてきた自らの過去が、途端に空虚なものに思えるほどの、圧倒的な絶望だった。


「司祭様、プロキス島が見えてきやした。風を止めてくんなせぇ」

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