99 プロキス島の原住民
ここの島には太古の昔から人が住んでいた。ここはそんなに大きくはない島だが、スファル大陸から船で一日の距離にある。
元々はスファル大陸も彼らのような見た目をしていた。
一千年間にわたる帝国の支配で、対岸の国々との混血が進み今では、スファル大陸の南端とここにしか残っていない、滅び行く種族だ。
ここはあまりにも魅力に欠ける島だったため、帝国の支配は及ばなかったようだ。
スファルタン帝国の長い支配によって、この内海諸国は皆同じような見た目になってしまった。
薄い茶色と紅茶色などの違いはあれど、人種の違いは曖昧になっている。
この島の住民は、ずっと変わらなかった。
薄い灰緑色の肌。濃い緑のちじれた髪。ずんぐりとした体付きに短い手足。
身体には、みっちりと筋肉がついているのは、海から採れる豊かな海産物のお陰だろう。
彼らの食べる植物は、痩せた土地に生える粗末な野生種の作物。
そして水は、島の中央にある硬水の泉がある。しかしこの水は飲むには適さない水だった。
彼らは自生するブドウの木を丹念に育て、渋いワインを作って、その泉の水を飲んでいる。
彼らは今では百人も残っていない。いや太古の昔には、もしかしたら大陸と交流があったのかも知れないが文字を持たない彼らには、記録など残っていないのだ。
そして、島の殆どは白くて硬い石で覆われ、彼らの住居として利用されている。
彼らの一番の特徴は何と言っても目だろう。
キラキラと輝く緑色で、くりっとしたアーモンド型をしている。
*****
ベルーダはこの島に長く滞在して、このような観察記録とも言えるものを書いていた。
ここに来て一ヶ月は経つ。あまりにもこの島に魅せられてしまったのだ。
そしてここの原住民の家に厄介になっている。
彼らが住むには大陸に面した島の南側で、小さな畑とブドウ畑に囲まれた九十人ほどの集落だ、五人ほど新しくできた商人たちの交易所へ行って働いていると言う。
彼らは驚くほど柔和だ。猜疑心や、警戒心はまったくと言っていいほどなかった。
ベルーダのささくれた心が癒やされ、穏やかになってきた。
現住人の言葉も少しだけ話せるようになった。
家は粗末というより、素朴といった方がいい。物は僅かしかなく、石で作られたしっかりした四角い建物だった。
「こんな技術もあるのよね、不思議」
野人のような生活はしているが、ある一点にだけは突出した技術があった。
たとえはこの住居のような建造物。そして周りにふんだんにある硬い石で高度な造形品も作るし、言葉の習得にも優れていた。
「ベル様。食事」
「ありがとう、ナナ。一緒に食べましょう」
これは身振りも交えた言葉だ。でも彼女はすぐに理解する。
「あい。食べる、食事。いっしょ」
美味しい魚と海藻のスープ、そして交易地で仕入れてきたと思われる小麦の固パン。
ベルーダが彼らに与えた金子は、こういった交易品に変わっている。
スープは素朴な塩味。きっと海水で煮たのだ。すごく塩辛い。
でもベルーダは気にせず食べる。
「今更、味がどうこう言う意味もない。私と同じ物を彼らも食べているのだし」
街に行っていた若者が帰ってきたらしい。ナナはしきりにその話をしたがる。多分将来の伴侶となる若者なのだ。
「アラ、赤い。星ある。苦しむ」
「え、病気なの?」
ベルーダには病を治す魔法など使えないが、病気を治す知識はふんだんにある。助けになりたいと思った。
彼、アラという若者は、赤星病だった。
赤星病は、エルタゴスや近隣諸国では、克服した病だった。
でもここには予防などという観念はないだろう。
――これは……蔓延してしまう……。
とたんに無力感に襲われたが、とにかく一生懸命世話をした。
だが一ヶ月後原住民の六割が死亡し、殆どがあばたが残り、そしてナナは失明した。
「あの美しい緑の目がこんなになってしまった」
ベルーダはこの島を出る決心をした。ナナを連れて大神殿へ行こう。
あそこにはルナリア様がいる。きっと治してくださる。
ナナの両親も妹も亡くなった、そして思い人も……。
彼女はこの先、盲のままどうやって生きていく?
商船にナナを乗せ、ベルーダは月の神殿へ向かった。




