100 デルードの師
「なぜベルーダ様がこんな事を?」
デルードは、ルナリア様に頼まれて、商会で働くベルーダの様子を見に来た。
彼は、ベルーダに悟られないように、離れたところからこっそり見ている。
デルードの目に映るベルーダは、生き生きと働いているように見えたが、やっていることはただの雑用だった。
下級の魔法使いたちに、魔法の呪文の癖を指摘したり、彼らの仕事を手伝ったりしている。
デルードにとってベルーダは、上司であり師匠でもある。
月の神殿の次代、とまでいわれる高位の司祭がやる仕事とは、とても思えなかった。
ベルーダは神殿では魔法の開発を主に手がけていた。
”未知なる魔素には、まだ知られていない力が眠っている”、というのが彼女の口癖だった。
そしてそれに向けて心血を注ぎ、今まで研究をしてきたのではなかったか――
孤児を死なせてしまって心を病んだ、というのか?
「あの強くて、押しの強い方が……考えられない」
研究者としての姿勢を崩さず、常に前へ前へと進んでいたベルーダ。
それが彼女だとデルードは思っていたのに。
デルードはそのままそっとその場を去った。
神殿へ戻ったデルードは、その足でルナリアの執務室へ寄る。
「ベルーダ様は、元気にしておられました」
「そうかえ。商会などという煩雑な場所で、神経を尖らせてはいないかと、案じておったが……暫くはそっとしておこうかの」
その後、ベルーダが交易場である島から戻らなくなったとの報告を受けたが、デルードもルナリアも力なく首を振る、それしかできないでいたのだ。
デルードにとっても理解が及ばないベルーダの行動。
「師匠は、どうしてしまわれた……」
しばらくして、突然ベルーダが神殿に舞い戻った。
盲いた少女を連れている。
――また、なにか研究の失敗か。
ルナリアもデルードも、一瞬警戒した。
「ルナリア様! ナナを治してください。彼女は赤星病でこの様になってしまいました。私にはどうすることもできません……」
目を潤ませ、必死にルナリアに縋るベルーダ。
デルードは、驚きの眼差しで見つめることしかできなかった。
デルードにとってのベルーダは、冷静沈着。いつもは論理的に話を進める才女だった。
少々興奮する場面もあったが、それは彼女が研究成果を語るときや、相手に自分の意見を通す場合に限られていた。
しかし目の前のベルーダは、取り乱し、執拗に大司祭に縋っているのだ。
「其方……泣くでない、これ、落ち着きなさい」
「す、済みません。光の属性が私にあったら……こんな酷いことにならなかったのに……」
ベルーダが、どういった経緯でこの少女と知り合ったかは、デルードには知るよしもなかったが、親しく交流を持っていたことだけは分かった。
そしてそのせいで心を痛めていることも。
落ち着いたら、何があったか聞きたい、とデルードは思う。
――だが、ベルーダは話してくれるだろうか。
「ディア・ミナ・ルṙṙク・ミナ」
大司祭ルナリアの魔素が、盲いた少女ナナを覆う。
デルードの魔素感知は、その柔らかな光を感じ取っていた。
ベルーダにも感じられているのだろう。「ほう……」というため息が漏れている。
彼女はもう涙が止まって元の冷静なベルーダに見えたが、果たして、そうなのかとデルードは横目でこっそり観察をしていた。
――元に戻ったと言っていいのだろうか。
あれほどの感情の起伏を見てしまったデルードは、まだ断定はできないでいる。
「この、ナナという少女は変わった髪の色です。一体どこから連れてきたのですか?」
思い切ってデルードは尋ねてみた。
「プロキス島の……原住民。でも……彼らは今後、生き残れないかも知れない」
ベルーダが悲痛な面持ちでそう告げた。
プロキス島の原住民とは、珍しい種族で今にも消えかかっている。
島には少数しか残っていないという。
その残っていた彼らも我々が持ち込んだ赤星病にやられて、益々数を減らしてしまった。
デルードはナナの目を観察する。
――大司祭様の治癒は効かなかったようだ……。




